「Act-43;合同演習4日目5;バズクール鉱山跡地4」
凍白(合同演習2)
どのくらい時間が経過しただろう。
真っ暗闇の中、オリヴィエの声がする。痛みをこらえながら、何かを引っ張り出そうとしている声だ。やがてごとっと音を立てて岩が転がった。
「アームストロング少将、ご無事ですか――?」
「無事だ、と言いたいところだが――脚を少しやられた。」
マイルズはそのまま声のする方をたよりにオリヴィエに近づき、肩を抱き寄せた。手探りで、脚に負担がかからぬよう支えて移動した。
ごつごつした岩の感触が足の裏から消えたところで、ようやくマイルズは立ち止まる。
「少しお待ちください、オリヴィエ。」
また手探りで、坑道の壁を探った。ひび割れなど、落盤の兆候とおぼしきものがないことを確認し、さらに反対側の壁も探ったところで、マイルズは気配を頼りにオリヴィエのところまで戻ってきた。
「ここなら、すぐには落盤しないでしょう。大丈夫ですか?」
自身が椅子代わりになって地面に座り、マイルズはオリヴィエの体がきつくないよう支えた。
オリヴィエの匂いが暗闇の中、すぐ近くで感じられる。やがてオリヴィエの方から手を伸ばして、マイルズに抱きついてきた。そのまま、首にすがりつくと、男の方が腕を伸ばしで抱き支えてくれた。
「どうも――左足が折れたようだ。」
「痛くはないですか?」
「ありがとう。なんとか、我慢できる。」
痛みをこらえる息づかい。マイルズの吐息がすぐ近くで感じられ――そして、オリヴィエは唇をふさがれた。そのまま、マイルズが求めるままに応える。しばらく互いの唇をむさぼるように求めた後、男は名残惜しげに顔を離した。
「救助は来ると思いますか?」
「――間に合わなければ、救助ではない。」
閉鎖された隠し扉や爆発音。おそらく、外にいる連中は、今、必死でオリヴィエたちを掘り出そうと試みているに違いない。だが、落盤が一段落しないところで下手に掘り出そうとすると、更に地盤が緩み、落盤を誘発、被災箇所を増やす。
「ラフロイグ少佐は?」
「私より逃げ遅れていた筈だ。落盤に巻き込まれていれば、おそらく、助からぬだろう。」
だが炭鉱事故で一番怖いのは、一酸化炭素中毒だ。どこかでガス爆発が起きると、酸欠状態が作り出され、CO濃度が上がる。爆発規模や空気の流れの状態にもよりけりだが、一酸化炭素中毒となれば、徐々に記憶が薄れて、呼吸困難となり、死に至る。すぐに生き埋めにならず、やれやれ助かったと思っていても、閉塞された空間の中で、徐々に、あるいはかなり急激な勢いで命が奪われるのだ。
「一酸化炭素濃度が高くて即死に近ければまだしも、苦しんだ後に助かったときが悲惨だな。脳に障害が出て、仕事どころではなくなる。退役を余儀なくされるし、真っ当な生活に戻るのは大変だ。」
「では、ここで死ぬかもしれませんか?」
「或いは、な。」
オリヴィエは少し言葉をためらった後、マイルズ、と呼びかける。
「あの世で永遠に一緒になるか?」
「喜んで。」
すぐさま答えが返ってきた。また、唇がふさがれ――マイルズの指先がオリヴィエの胸元をまさぐり始めた。
「私と一つになって、あの世にともに旅立ちませんか?」
「よせ、マイルズ。脚が痛む。第一、つながって死んだところを発見されてみろ。周りの者から何と言われるかわからない。」
共に黄泉路に旅立てた者は幸せだが、残された者は目も当てられない。形だけとはいえ、マイルズには細君がいるし、オリヴィエは名門の軍事貴族の長子だ。アレックスもキャスリンも未だ結婚していない状態で、一番上の姉が変死――しかも男とひとつながりの状態で発見された日には、彼らに禍根を残す。死後までブリッグズ要塞のトップの座に未練を残すわけではないが、その位の矜持はオリヴィエにもあった。
真っ暗闇の中では、目を開けていても閉じていてもさほど変わりはない。マイルズ、とオリヴィエは囁くと、男の胸に指を這わせた。そのまま、頬に手を伸ばすと、胸の中に引き込まれた。
軍ズボンごしに感じられる屹立が太腿に当たっている。こんな――生きるか死ぬかの状態なのに、相手が十分昂ぶっているのが分かった。
「愛しています、オリヴィエ。どうか、死んでも私のことを忘れないでください。」
また、口づけられたが、愛の囁きでもごまかしが効かないほど、脚がひどく痛い。おそらく、骨折した部分が徐々に熱を持ち始め、炎症を起こしているからだろう。
「敗血症を起こさなければいいのですが。――こうして支えれば、多少はラクですか?」
「ああ、ありがとう。」
耳を澄まして辺りの様子を伺ったが、もう、崩落する音は聞こえなかった。
やがて、落盤したもう一方のところから、誰か近づく声がする。おーい、おーいと呼ぶ声に、『私だ、閣下もご無事だ』とマイルズは答えた。
ざくざく坑道を踏む足音が、急に早くなる。懐中電灯の明かりがまぶしい。3名ほどが、オリヴィエの元に来た。
「ご無事でしたか、閣下。もう1つの出口は無事なので、そちらから出ましょう。」
「アームストロング少将がお怪我をされている。脚を骨折したようだ。支えてやってくれ。」
救助隊の男は、3人ともガタイのいい者ばかりだった。すぐさま、オリヴィエを両方で支えようとしたが、2人がかりだと思ったよりも歩きにくかった。
「他の者は?」
「閣下を脅迫した男は、落盤に巻き込まれたらしい。ここからは見えないが、すぐの救助は難しいだろう。」
「分かりました。怪我人は交代で背負いましょう。――失礼。」
オリヴィエを1人が背負う。マイルズも歩こうとし――自分も足にひどい擦り傷を負っているのに気づいた。
「ひどい出血ですよ、少佐。よく痛くなかったですね?」
救助隊が手早く包帯で止血し、歩きやすくなるようにしてくれた。
「体重がかかると痛むかもしれませんが、頑張ってください。――行きます。」
投稿者: miyanomiki
トラックバック(0)