「Act-44;合同演習後;ノースシティ・ホスピタル〜ブリッグズ要塞」
凍白(合同演習2)
オリヴィエのケガは単純骨折、マイルズの怪我は部分的に深手だったものの、全体的には比較的表面の浅い傷だった。思ったよりも、坑道の崩落距離は長かったと、後で聞かされた。しかもノースシティの医師の見立てによれば、『あれだけの爆風に巻き込まれて、この程度の傷だったのは、2人ともラッキー』だったそうだ。
ラフロイグ少佐は、落盤した岩の中から遺体で発見された。両親と少佐の許嫁と称する娘の3人が訪れて遺体を引き取り、ノースシティの外れにある公園墓地に丁寧に葬った。
ラフロイグの父親は、オリヴィエに対し、息子が亡くなった責任を取るよう詰め寄ろうとしたが、ドクターストップが出て、面会は許されなかった。しかも、そもそもの原因が息子が暴走したからだとホーネット中将から説明され、しぶしぶ訴えを取り下げた。
マイルズの怪我は傷口から化膿したらしく、しばらく炎症を起こしていた。毎日定期的に消毒するのも、かなりしみて痛むのだが、マイルズは必死で痛みに耐えていた。ただ、もともと体力のある男だけに、予後はよく、じき、痛みは治まった。オリヴィエもマイルズによる最初の手当がよかったようで、感染症をおこしていなかった。もっとも、ラッキーとはいってもオリヴィエの場合は全治2ヶ月のケガだったが。
2人を入院させた病院は、マイルズの状態が思ったよりも悪かったことに驚いていた。
「普通なら、自分の足の怪我の痛みで、他人の介助どころじゃない筈ですよ。それが、怪我した部分をかばいもせずに――よほどアームストロング閣下のことを、お守り申し上げたかったのだと思います。」
ラフロイグの件は別扱いにするとして、演習後のごたごたは、まだ山積みとなっていた。その多くは、親組織である、北方司令部が人員の手配等をし、問題解決を図ってくれていた。
北の中将に気兼ねしたのか、オリヴィエはすぐにでも退院しようと懇願したが、聞き入れてもらえなかった。しまいには医師らを怒鳴りつけ、脅した。たかが、足1本で長々と入院するなど、大げさすぎる、と。
「バカ言わないでください、少将。貴女は10代の子どもじゃないのですよ。下手に動いて骨が変な具合に癒着すれば、歩行にゆがみがでます。最悪、松葉杖が一生手放せなくなりますよ。」
しぶしぶ入院を承知したものの、オリヴィエは寝たきりのままの姿勢で、毎日のように部下を呼びつけては仕事を命じ、書類にサインした。やがて、おとなしく寝たきりをするのにも飽き、オリヴィエは勝手にリハビリを開始し、看護師にしこたま怒られた。
「早く治したいのは分かりますがね。急がば回れ、ということわざをご存知ですか、少将。そうじゃなくても、ベッドの上での生活が長くなっているのですから、筋肉が弱っていて、歩行が大変なのですよ。」
「ならば、余計に筋肉の回復を促さなければいけないではないか。こんな、寝たきりだと、良くなるケガも重傷で長引く。退院させろ。」
看護師らの目を盗んで行う、度重なる自主リハにとうとう医師たちがさじを投げた。
「そんなに早くお仕事に戻られたいのでしたら、松葉杖で戻られることを許します。ただし、ギブスは絶対に外さないでください。それと、歩行時と身支度をする際に、身の回りの世話をする者を確保してくださいね。」
オリヴィエの世話は、ノースシティの看護師たちが交代で行うことにした。毎日着替えを手伝いに早起きしてオリヴィエの私室に行く。昼間はバッカニアがずっと付き添って、世話をする。夜は看護師に交替し、入浴――シャワーの世話をし、ネグリジェを着せてベッドに連れていく。念のため、隣室で待機、万が一に備えた。
やがて、マイルズの怪我がすっかり良くなったところで、今度は身の回りの世話はマイルズの仕事となった。だが外ではともかく、部屋の中では、オリヴィエがどれだけ口を酸っぱくして抗がおうとも、マイルズはオリヴィエに松葉杖を使わせようとせず、抱きかかえて移動したがった。いわゆるお姫様抱っこである。
「マイルズ、過保護すぎる。私は子どもじゃない。」
「松葉杖だと両脇が痛くてきついと言われたのは閣下でしょう?少しでもお体のご負担をお軽くしないと、治りが悪くなっては困ります。」
実際には、オリヴィエはすぐに松葉杖を使った歩行に慣れていた。無事な片足と合わせて2本の松葉杖で3本歩行をすると、思ったよりも早く移動できる。杖のコンパスが長くなったせいだ。ただし、長距離の移動はやはりきつかった。松葉杖が当たる部分に体重がかかり、脇が痛むのだ。
「ほら、ごらんなさい。早く足を治されることが、一番なのです。ここの兵士たちが一番安心して要塞を守るためには、元気な閣下のお姿が一番です。」
どうしたことか、今回だけは、バッカニアもマイルズの行動を全面的に支持し、お姫様抱っこ推奨派となった。マイルズに抱きかかえられるのを嫌がると、すぐさまバッカニアが飛んできて、オリヴィエを抱きかかえて移動する。こちらの方がガタイが大きい分、余計に小さい子どもが抱っこされているように見える。バッカニアはこの状態で、ブリッグズ兵士たちが居並ぶ場所だろうとどこだろうと、どんな遠いところにも連れていく。軍要塞トップとしての面目丸つぶれだが、砦の男たちはけっこう喜び――半分面白がって――見ていた。オリヴィエが止めろとじたばたもがいても、誰1人、止めようとしなかった。
夜、マイルズはオリヴィエにシャワーを使わせる。豊かな長い髪を丁寧に梳りながら湯を使わせた。途中、スポンジで石けんを泡立てると、体全体に泡をなすりつけ、シルクの小布で丁寧にマッサージしながら洗う。時々、名残惜しげに乳房を洗いながらも、表情だけは何事もないように取り繕っている。入浴が済むと、髪は丁寧にタオルドライし、香油を薄くつけて、頭皮のマッサージも行う。時々、足や肩もマッサージし、ベッドに連れていく。
――そんな生活が1ヶ月ほど続いた。
いよいよギブスも取れ、普通に歩いてもいいと医師から許可が出た。久しぶりの大地を両足で立つと、当たり前のことが当たり前にできる嬉しさに顔がほころんだ。
明日からは1人で身支度をするという、最後の夜、マイルズはオリヴィエの部屋を訪れた。いつものように入浴の介助をする前の挨拶として、ひどく切なげな表情で、マイルズは目の前でオリヴィエにひざまずいた。
「これで、私のお役目も終わります。今まで、有難うございました。それで――もう、私がいつ異動するかお決まりになったでしょうか?いつ頃、ノースシティに?」
「――慰留したい、と言ったら怒るか?」
いえ、とすぐに答えが返った。だが、半分信じられない表情で、マイルズはオリヴィエの両手を握り締め、かがんだ姿勢で見つめている。
「本当によろしいのでしょうか――?」
「骨折のゴタゴタで、セントラル行きを逃した。北の中将も、仮預かりしていた兵士が気に入ったらしく、貴様の引き取りはどちらでもかまわない、という返答だった。――よかったら、また時々、髪を洗ってくれないか?」
喜んで、と返答する部下に、オリヴィエはマイルズの衣類に手をかけ、脱がせ始める。
「たまには私が洗ってやろう。」
自らの服もするりと脱ぎ捨てると、マイルズの胸の中に飛び込んだ。
「――どうする、マイルズ?先にシャワーを済ませるか、それとも後にするか?」
マイルズは少しだけ考えた後、では、先に交互に洗いましょう、と提案した。
シャワーの湯を強く出し、頭からかぶる。ぶるぶると顔を震わせて水気をはじこうとするマイルズ。濡れたその髪を留めるゴムを、オリヴィエは抜き去った。
シャワー椅子に腰掛けたまま、目の前でひざまずく男の髪を、自分が使っているのと同じシャンプーでガシガシ洗う。湯をやや乱暴にかけると、耳の後ろを洗うため、抱き寄せた。自然、胸の中に顔が押し付けられた形になる。
「私はこのまま終わりでもかまわないぞ。髪を乾かしたら、自分の部屋に戻るか?それとも――。」
言葉は途中で途切れた。ややぬるめのシャワーが天上から降り注ぐ。両頬にはマイルズの手が添えられ、口づけた隙間から、湯が流れ込む。残りは暖かな春の雨のように、頬を伝いながら身体伝いに流れてゆく。
「愛しています、オリヴィエ。どうか――どうかずっと傍に居させてください。心より、誰より貴女をお慕い申し上げます。」
「――もう、二度と離さない。どこへも行くな。」
心のブレーキはシャワーとともにどこかに流された。マイルズは、滑らかな素肌を惜しげなくさらしている、最愛の女を強く抱きしめた。
投稿者: miyanomiki
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