「Act-45;合同演習エピローグ;ノースシティ郊外」
凍白(合同演習2)
季節は駆け足で過ぎてゆく。
大波乱含みで終了した東方司令部との合同演習も、今となっては、遠い昔の出来事のように感じられる。
オリヴィエが入院中と退院後、しめて2回ほど、ホークアイ中尉と東のグラマン中将からお見舞いの連絡があった。その前後、やはり2人から見舞い品が届いていた。ホークアイからのものは、ロイ・マスタングとの連名だったが、オリヴィエは敢えてロイの名前を無視した。『貴様が率いてきた東方司令部の部下が起こした不始末なのだから、この位は当たり前だ』と言い添えて。その割には、そのさらに上司であるグラマンが出ないのが不可思議ではあったが。
ラフロイグ少佐に加担し、オリヴィエらを拉致するのに手を貸した兵士たちは、全員揃って強制除隊となった。平たく言えば、クビである。あのような愚か者につくなど、つくづく暗愚な連中ではあるが、後に聞いたところによれば、様々な理由がらみで、断るに断れなかったと、全員が口を揃えて申し出た。だが、クビは撤回されなかった。
退院後、まだやっと松葉杖が手放せた頃に、オリヴィエはグラマンから連絡を受けた。このようなことになって本当に申し訳ないと謝罪され、いくつかの情報交換をしたのち、グラマンが思い出したように言い添えた。
「ラフロイグ少佐だが、その父親であるラフロイグ准将も、息子の不始末の責任を取り、先だって辞職した。まあ、行く先々で、女性関係でトラブルを起こす人間だったらしくて、上の者も形式上はなだめたものの、引きとめる言葉は出なかったそうだ。」
「でしょうね。こちらも被害がありました。別の人間からですが、結局、あの落盤事故の際、私が捕虜になったのは軽率ではないかとか、その後の交渉が手ぬるかったから、あのような大事故に発展したのではないか、と嫌味半分で言われましたからね。まあ、にっこり笑ってスルーしましたが。」
その嫌味を言いに来たのは、セントラルから事故後の調査を兼ねて来た人間たちだった。
心得たもので、マイルズたちブリッグズメンバーは、『そうした時にだけ』は、オリヴィエの介助は決して行わなかったし、遠路はるばるやってきた調査メンバーに対しても、一番安い茶を1杯だしただけで、後は『多忙につき、失礼します』でまったく相手にしなかった。
「ラフロイグ少佐を君のところの合同演習に出すのなら、私の方も、もっとしっかり調べておけばよかった。兆候はあったのだからな。」
「なるほど。それで、どのような――?」
「北のホーネット中将と話したところ、ずいぶん君のことを気に入っている発言を、普段から繰り返していたそうだ。『私の上司も、あのような魅力的な方だったら、仕事に熱の1つも入るのに』と。ただ、もともとラフロイグくんはホーネット閣下と折り合いが悪かったため、当てつけに言っているのだとばかり思っていたらしい。」
秋口にオリヴィエたちが訪ねた軍用馬場から、また一度来ませんか、とのお誘いがあった。
「今年もいい仔馬がたくさん産まれました。ぜひ閣下のところで使っていただく馬を選んでいただけたらと思います。」
牧場主に言わせると、軍用馬として適性がある馬は、仔馬のうちからもわかるらしい。詳しくはおいでいただいた時にでも説明します、とのことだった。
晴れた5月の午後、気晴らしも兼ね、マイルズとともにオリヴィエは牧場を訪れることにした。
春が一気に訪れる北国では、この時期が一番生命の躍動感に溢れている。牧場では、野に咲く花の間を縫って、仔馬たちと母馬など、たくさんの馬がのびのびと過ごしていた。
牧場の柵に2人でもたれながら、オリヴィエはマイルズに話しかける。
「こうして、日々つつがなく過ごしていると、ここが国境沿いの村で、すぐ隣では常にこの国に侵攻しようと目を光らせているドラクマがいることを忘れそうだな。」
「閣下がそのくらい安心していられるのであれば、この国の民はもっと安心して暮らせるでしょう。オリヴィエ、貴女あってのブリッグズです。私だけでなく、バッカニアも、他の兵士たちも、皆同じ考えです。」
風になびいたオリヴィエの髪が、マイルズの頬をくすぐる。その髪をたぐり寄せ、オリヴィエの髪をゆっくり撫でながら、マイルズは、貴女がここにいるのが私は嬉しい、と耳元で囁いた。
求められるままに、胸に頬を預ける。やがて、抱き合った身体、腕の力が少し緩んだところで、オリヴィエがついでのようにマイルズに話した。
「この前も話したが、貴様の代わりにしばらく北方司令部が預かっていた中尉官、そのままホーネット中将がお引き取りになられるそうだ。」
「そうですか――こうして貴女の傍に残れるのであれば、期せずしてうまく物事が運んだと喜ぶべきなのでしょう。しかしなぜまた――?」
「若い『女性』だったそうだ。」
告げたオリヴィエの言葉に、マイルズは目がまん丸になり、肩を落として背を丸め、はあっとため息をついた。安堵とも、落胆とも取れる、かなり大きなものを。
「以前、閣下からお聞きした際には、男だと聞いていましたが――?」
「ああ、私もそう聞いていた。それどころか、中将自身も男が来るのだと思われていてな。ノースシティに迎えにやった者が、それらしき青年の姿が見当たらず、おかしいなと問い合わせようとしたところで、割りと小柄で愛らしい女性が近づいてきて――。」
「…それが、後任者だった、という訳ですね。」
「ああ、それで、彼女の名前だが――。」
オリヴィエは軍服のポケットのあちこちを探り、ズボンのポケットにあった捨て紙を探しあてて、取り出した。胸ポケットからはボールペンを取り出す。サラサラと書いたその名前は、確かに男によくつけられる名前だった。
「平たく言えば、書類不備だ。もともとの段階――どうも、入隊した段階から、彼女は男だと記されていたらしく、ずっとそのように扱われていたらしい。もっとも、そもそもの誤解を招いた原因というのが、彼女自身が自分の名前を自筆サインする際、崩し字を使ったため、文書課の人間が間違えたそうだ。」
はあーっと、マイルズはまたため息をつく。
オリヴィエは、ホーネットや迎えに行った青年下士官らが、ひどく驚いた顔をした様を思い浮かべたのだろうか、クスリと笑った。
「結局、正式な辞令が人事府から出されていたので、撤回するわけにもいかず、とりあえず、そのまま受け入れたそうだ。ただ早くに嫁入り先が見つかった娘らしく、そこそこ優秀な上に、細やかな点まで気の利く者らしい。」
「それは・・・良かったというか。」
「そんなわけで、結果オーライとなったようだ。ホーネットなど、この前電話で話したときなど、午後のお茶の時間が楽しみになったとか言ってたからな。彼女が入れる茶はいつも美味い、と。うらやましい限りだ。」
「・・・・・・。」
「新婚の人妻に岡惚れしてどうすると言ったが、事も無げにかわされた。その点については問題ない、自分自身、今はもう独身だからと、偉そうに言われた。」
「ひどい話だ。あれだけオリヴィエに執着していたくせに、変わり身の早い事だ。」
オリヴィエは黙ってマイルズの手を握ると、貴様は呆れるほど心変わりしない男だな、と呟いて、話を続けた。
「一応、彼女に子どもができたら諦めるとは言っていたが、どうかな?――まあ、今年の秋フェスタは、昨年の倍は稼がせてもらうからと言っていた。」
ホーネット閣下が、受話器の向こうでガッツポーズしているのを目の当たりにしているような話しぶりだったと、オリヴィエは微笑む。マイルズはオリヴィエの髪が風にさらさらとなびいているのを、目を細めながら見つめている。
「まあ、良しということだろう。収まるところに収まった、ということだ。」
少し離れたところで、生後半年ほどの若駒が軽やかに駆けていく。人間でいえば、まだ少年という年回りだろう。成馬と比べるとまだ少し走る速さは劣るが、風と共に走る、そのしなやかな脚とつややかな毛並みは、やはり美しかった。
「あの馬は、良さそうだな。」
「気に入られましたか?私にはどれがいいのかさっぱり分かりません。」
「後で、牧場主に聞いてみよう。」
近くには、その母らしき牝馬がいる。オリヴィエはもう、その馬が、そもそも――今回、マイルズと大喧嘩した原因の馬だったということ、とうの昔に忘れていた。
「春らしい光景だな。」
「ええ。」
オリヴィエの風下に立つと、彼女の髪の甘い匂いがした。5月の風に誘われ、マイルズはオリヴィエの唇に風と共に軽い感触を残し、また腕の中に抱き寄せた。(FIN)
投稿者: miyanomiki
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