2008/4/20
「――やっと到着したな。」
長旅で、すっかり疲れてしまった、ロイ・マスタングが肩に手を当て、首をぐるぐる動かしながら呟いた。
まだ春寒の風が感じられる、ノースシティ駅では、同じように長旅を終えた人達が、沢山の荷物を両手に、或いはカートを押しながらのろのろ歩いている。地方の中核都市ではあるものの、セントラルシティ駅比べると、やはり絶対的に人の通行量と歩行速度が違う。ざわざわしながら、常にどこそこに行く列車は間もなく出発だから急げとか、無事、出張からお帰りくださいねと涙で見送る家族の姿や、旅立つ人を見送った後、大声でつい今しがた旅立った者に関する悪い噂話に花を咲かせる者も、ここにはいない。プラットホームで、荷物を下ろして一息つくと、すぐにまた、改札を出て移動し始める。
なので、数分もすれば、駅舎は人気がほとんどいなくなる――つまり、今のノースシティはそんな街なのだ。
「ええと、ここでバスか車に乗り換えて、ブリッグズまで行くことができるんですよね、大佐。」
マップつき旅行案内書を片手に、アルフォンスが確認の言葉を求める。少し離れたところには、ようやく少女を抜け出した位、大人の女性になりかけた若い元気な娘が1人いる。
『大佐』と呼ばれた者――そろそろ『青年』と呼ぶには相当無理がある年齢に見えるが、まだ白髪もほとんどない黒髪で童顔、どちらかと言えば年下に見えるだろうか。その男性の傍らには、長い髪をアップにまとめた、くりくりした大きな瞳の、やや細身の女性が1人、寄り添うように立っている。彼女は細いとはいえ、付くべきところには付くものがあるという、なかなかのナイスバディだ。しなやかでよく鍛えられた脚、よく締まった細い足首は、それまで彼女がかなり動きの激しい部署で、普段からきびきびと働いていることを示している。
相変わらず疲れが取れていないのか、はたまた『もう年では?』とでもツッコミを入れるべきか――大佐、と呼ばれた男がまた、大あくびしながら、両手を天に向かってうーっと伸ばし、ああ疲れた、と、またぼそっと呟いた。
「ずいぶん迂回することになりましたね、大佐。」
「ああ。本来ならば、ブリッグズへはセントラルから直通列車がある筈なのに、ひどいものだ。どうせ、私がこちらに向かうこと、どこかの誰かから、『あの女王様に』知らされたのだろう。あっという間に、北行列車線路のあちこちが封鎖になったり、運行停止になったり…えらく迂回しなければ、ここまでたどり着けなかったからな。今更ながらだが、何で私が乗る列車の先々で、線路脇の不発弾処理をしなければならないんだ、という気分だ。」
どのくらいかかった?と、傍らにいる女性に訊ねると、すぐさま2か月と3日です、と回答があった。
「直通で来られれば、1日ちょっとだった筈ですよね?何か――国中を回ってやっと来られた感じだな、大佐。リザさんも、お疲れでしょう。」
「大丈夫よ。せっかくの機会だから、あちこち遊説して歩いたので、時間がかかってしまったけど。でもこれでまた、彼――ロイ・マスタングの知名度も上がるでしょう。不発弾処理のために迂回したのではなく、ブリッグズに来る前に、アメストリス国のあちこちを見たくて、『わざわざこちらに来ました』というスタンスで立ち寄ったし。それに、議員であれば、全国を遊説するなんて、ごく普通の出来事よ。こんな人目のあるところで疲れたなんて、言ってはいけないのに、困った人だわ。」
本気で困ったとか、いけないことを口にした、と全く思っていない様子で、女性は微笑む。
「まあ、私はいつも一緒に行動しているから、この人の愚痴の1つや2つ、何てことはないけれど――あら、そういえば、エドくんはどうしたの?」
リザに言われて、一行は初めて気づく。確かに、エドの姿が見えない。小柄な人間だからといって、見落とすほど、人の多い場所ではない。到着した列車は、ノースシティで折り返し、セントラル行きになるから、一緒に降りた筈だし、車内に置き去りにした覚えもない。その証拠に、エド愛用のトランクが、一行のすぐ近くに置かれている。第一、いくら何でも、あの『エド』だ。おとなしく誰かに拉致られるほどしおらしい人間ではない。わけはないのだが――さて…?
「――いや〜、悪りぃ、悪りぃ。何か、澄んだ空気吸ったらさ、すっかりおなかが空いちゃったのに気づいて――。」
もぐもぐと、口を動かしながら、噂の中心人物・エドことエドワード・エルリック青年が一行のところに戻ってきた。大きな紙袋を片手に、丸められた紙包みは、もう片方の手に。
「それでさ、何でまたあの女王様がこっちに出奔したのか、そこんところの理由を教えてくれないかな、大佐。もういい加減、あの女のお膝元までたどり着いたんだし。」
紙袋の中身はホットドッグと飲み物、それにいろいろな食料だった。ホットドッグは駅を出たその辺の露天ででも買ったのだろう。
エドはそのホットドッグをメンバー全員に配る。改札を出た、駅舎のベンチに腰掛け、みんなで仲良くランチタイムとなった。
早速、お代わりのホットドッグを頬張りながらエドが訊ねる。お約束のように、片手には、砂糖たっぷりのコーラ。典型的なジャンクフードだ。
「話せば長いことだがな、鋼の。何でも、私が提案した法案について、オリヴィエ女王様の同意が著しく得られず、結局のところ、議会決議となり、結果として、私の案件が通ったが、彼女がへそを曲げてしまったという訳だ。」
「だ〜か〜らぁ。その『法案』というのは、いったい何だったんだよ、大佐?」
口元をわずかにゆがめ、ロイがさりげなく視線をはずす。代わりにリザが答えた。
「旧アメストリス国軍人出身者である、ロイ・マスタング上院議員立法による、上院決議法案第***号、『アメストリス国議会職員及びアメストリス国家公務員の制服に関する規約改正法』、通称『ミニスカ法』に反対されて、一方的に北に遷都を表明、ブリッグズに立て篭もられたのです。」
もう2年以上前のことになるだろうか。マスコミが煽り、世論を巻き込んだ賛否両論、大波乱含みとなったミニスカ法については、エドたちもよく知っていた。現在働いている全国家公務員女性の制服を、原則として、すべてミニスカートにする、という趣旨で改正案が提出されたのだ。対象は何と、旧・国軍病院――現アメストリス国立病院――の女性看護師まで含まれるという。また、議会職員については、国儀・式典等、公的な催し物の際は、ミニスカ着用が義務付けられる。
これがセクハラだとか性差別だとかいうことで、現場の女性らからは大ブーイングの嵐が巻き上がっているが、男性らは概ね賛成、中には諸手を挙げて、大歓迎していた。このため、圧倒的に男性社会である上院議院では、かなりあっけなくミニスカ法案は可決されている。
ただし一般的に議会絡みの法案は、立法の経緯を問わず、上院可決後に元首である国王の御璽をいただくことで、法案は正式に法として施行されることになっている。
このため、ミニスカ法可決前後は、マスコミや新聞がこぞって取り上げ、各紙とも賛否それぞれの意見を派手に取り上げた。「ミニスカ法の是非」、もしくはその「功罪」について連日トップ面や社説で繰り広げていたのだ。
だが、最後の最後、現トップであるオリヴィエ・ミラ・アームストロング元首、通称・オリヴィエ女王陛下の賛同が得られなかったのである。最終的には、上院下院議員の総意――殆ど男性のみ――とやらによる圧力で、無理やり可決へ、となりそうになったところ、可決のために必要な、国王の御璽を持ち出し、オリヴィエは自分に同意する者や腹心の部下数名を連れて、北へと立て篭もった、という訳である。
この御璽が行方不明となったことで、一番困ったのは、これから婚姻しようという若者らであった。何しろ、この国での婚姻は、最終的には国王が認めなければ、正式には認められない、ということになっているからだ。
「もちろん、アメストリス国のように大きな国では、別にオリヴィエ女王陛下手ずからお声がけされて、結婚についての同意云々を問うわけではありません。しかしながら、各市より出された、婚姻のための正式書面の綴束、その頭の部分に国王の公印である、あの御璽が必要となるわけです。」
「国への提出は毎月だからな。今までの報告2年余り分、国内中から集まった届が、溜まりにたまって文書倉庫満杯となり、現場の職員が悲鳴を上げた。国内各市の実力派市長らが、何度か女王陛下にはお許し頂くようお願い申し上げたのだが、取りつく島もなく追い払われてきた。そこで、議会に対しても、連日の陳情だったが、こちらもラチがあかなかった。とうとう議員のみではお手上げとなり・・・。」
つまりは、オリヴィエの怒りの最大の原因であるミニスカ法、それのもともとの言いだしっぺであるロイが、その責任を取って、オリヴィエ女王陛下との和解へ努力するよう、北の辺境・ブリッグズまで足を運んで謝ってこいということになった・・・というわけである。
「もちろん、今は『婚姻問題』については、カタがついているわ。オリヴィエ女王様が、やっと和解の意思を示されたのが、私たちがノースシティに向かって旅立った後、すぐのことだった。でも、他にもいろいろとあって、直接ここまで来る必要ができたの。」
「いろいろって、何だよ、リザ夫人?」
「でも、私とロイの婚姻に関してだけは、例外扱いになったのよ。彼自らが女王様に陳謝することで、『認めてやる』と言い切られて。」
情けない話である。だが、ロイの性格も、オリヴィエの性格もよく知っているエドたちとしては、深く頷かずにはいられなかった。というのも、怒り狂ったオリヴィエが、「以後、ロイ・マスタングと、あの男の息のかかった者に関する案件は、どれほどまでに小さな決めごとであろうと、私自らが是非について十分審議した上、可否に関して許諾する」と宣言したからだ。
ので。エドの場合、国家錬金術師になるための、そもそものきっかけであったのが「たまたま」ロイであるがゆえに、こんな北の辺境まで呼び付けられ、一緒にお目通しさせられるという、憂き目に遭っている訳である。全くの言いがかりというか、嫌がらせというか、坊主憎けりゃ…の世界そのものだ。
「――てことは、つまり、オレとウインリィとの結婚も、オリヴィエ女王様自らの許可が必要になっている、ということだな、大佐?」
投稿者: miyanomiki
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