2008/4/21
ブリッグズ要塞の裏手には、少しばかり広い空き地がある。
正面玄関から建物内を突っ切って、裏口から出ると、目の前には空き地が広がっていて、向かって右手――ブリッグズ山脈に接したところには、段々畑のような形で、この地で戦死した兵隊たちの墓所がある。そして、左手には、いわゆる射撃等を行う練兵場がある。
墓所に埋葬されているのは、主に身寄りのない兵士たちである。ここ、北の辺境・ブリッグズは、南方とは異なり、夏場でもさほど気温も上がらないし、湿度も低く保たれている。なので、国内であれば、亡くなった身内の者が駆けつけてくる位までは間に合うから、このまま裏手に埋葬されることは少ない。もちろん、ブリッグズ要塞の中で、親交のあった兵士たちに見送られて葬儀を営むこともあるが、この場合は大抵、ノースシティ郊外の兵士用墓地に埋葬されたり、故郷まで死体と共に帰還することが多い。
他方、反対側にある射撃場は、兵士たちにより、日々の練習場として有効活用されている。たまに――季節によってばらつきはあるが――ドラクマからの密入国者で、かなり悪質な者を見せしめに処刑する以外には、極めて平和利用をされている、と言っても過言ではない。
そして、正面の空き地は、出入り口付近は野菜畑、奥にゴミ捨て場がある。主に、厨房から出た生ごみを埋め立て、それを堆肥として活用し、夏場取れる野菜の肥料に用いている。夏場となると、それなりに臭うため、兵士たちからの評判はあまり芳しくないが、肥料を無駄に焼却するよりも、燃料の節約にもなるし、野菜も美味しくできるからということで、オリヴィエ――アームストロング少将の許可が出ない。
「まったく、いいよな、将軍閣下様は。あの生ごみがチョーにおうところは、閣下の執務室からも私室からも遠いから。」
生ごみのにおいが風向きによって非情にもよく入り込む部屋は、新兵たちの部屋である。だが、そのようにブツブツ文句を言う彼らは、そうやって取れた野菜たっぷりのスープが大好物なのだから、皮肉なものだ。
ある春のことだった。野菜畑用の種を持ってくる種苗屋――通称『種屋』が、新しいタイプの野菜の種が取れたから、とブリッグズ要塞を訪ねてきた。
この種屋は、四季折々の野菜の種苗を持ってきてくれる。先日は、兵士たちが好むというジャガイモの種芋を沢山持ってきてくれたばかりだ。早速、農地をよく見てくれる兵士たち数名が、種屋と話し始めた。
「今日、お持ちしたのは、スイカとメロンの種です。スイカは普通、砂地のように水はけのよいところでないと、なかなかよい物が取れませんが、このスイカの種は、ごく普通の土地でも生育できるように品種改良したものです。」
「味はどうなのだ?あまり甘くないとか、虫がつきやすいとかいうのであれば、こちらとしても困るが。」
「まあ、小ぶりですな。こだまスイカですから。ただ、甘さはありますよ。」
「中はどのような色なのだ?やはり黄色か?」
別の兵士が訊ねると、種屋は『少々ピンクかかった赤です』と答えた。
「こちらの種ですが、実はスイカとメロンを混ぜて栽培すると、よく実るようです。時期としては同じ頃に花が咲き、同じ頃に結実するのです。ただ、品種的にそのような特徴があるので、大規模に農業を営まれている農家さんでは、使いにくいとか、栽培しにくいということで、あまり取り入れてもらえないのです。」
スイカとメロンが一緒に成る、ということで兵士たちは面白がった。それならば、一緒に栽培し、できるだけ大きな実を成らせ、食後のデザートにでも食べてやろうか、ということで盛り上がったのである。
種まきが終わり、やがて花が咲いた後、実の間引きが始まった。適当な大きさにまでなりそうなものを残し、あとは摘んでしまうのだ。もったいない気はするが、美味しい実を取るためには必要だからと、農家出身の兵士たちは口を揃えて言い、熱心に畑を耕していた。間引いた青い小さな実は、刻んで塩漬にし、食事のときの口直しにと、賄い婦たちが出してくれた。
ブリッグズ要塞の補佐官であるマイルズ、それにバッカニアは、農産地出身ではない。だが、2人ともそれなりに農作物に関する知識はあるため、手の空いた時を見計らい、農作業にいそしんだ。じき、メロンが先にそれなりの大きさになり、コルクの網目が出始めた。スイカも少しずつ大きく、縞模様がはっきりしてきた。
「おいしそうですね、早く食べたいな。」
「あの辺のは、もう食べごろなのではないですか、大尉殿?」
苗についたアブラムシを丁寧に除く作業をしていると、決まって退屈そうにぶらぶら歩きする、兵士の1人か2人がやってくる。ほとんどが、タバコ休憩と称するズル休みだ。
「おい、ここは食べ物を栽培している場所だ。吸いがらは、この辺に捨てるなよ。」
「了〜解〜。」
とうとう、メロンが食べごろになった。まず最初に熟した、2つのメロンを両手で大事に抱えて食堂に持っていったマイルズを見かけた兵士らが、一斉に周りに群がる。
1人の兵士がメロンのおしりの部分に鼻をつけ、くんくん匂いをかぐ。
「もう完全に食べごろですよ。きっと甘くておいしいでしょう。さて、みんなで美味しく――。」
厨房から包丁を借り、早速切り分けようとする兵士を制し、別の兵士がメロンを取り上げる。
「まだいいじゃないか。なかなかいい大きさだからな――ちょっと貸してくれ。」
別の兵士が前に進み出、2つのメロンを並べた後、布を被せる。
「なかなかグラマラスな美女でしょ?――ところで、これとアームストロング閣下のと、どちらが大きいと思われますか?」
その言葉に居合わせた全員が瞠目し、一斉にメロンに近づく。上から見たり、屈んで横から見たり、あるいは顔を横にしてメロンの高さを見たり、指差しで測ったり――。
「高さは、メロンの勝ちだな。」
「大きさも、メロンの勝ちだろう。」
「いや、左の方のは、メロンの負けだな。」
布をはぎ取り、また別の兵士が両胸にメロンを当てる。
「さあ、ほらよく見てくださいよ、マイルズ少佐!少佐は補佐官として、いっつもアームストロング少将のお側にいらっしゃるのだから、どちらが大きいかくらい、すぐお判りでしょ?」
遮光レンズでも困惑を隠せずにいるマイルズに、また周りの兵士たちが大笑いし、はやし立てる。
「グラサン越しだと分かり辛いでしょ?もっとお近づいて、見てくださいよ、少佐殿。」
「目で見て判断できないのなら、ちゃんと触って、大きさを確認してみてくださいな、少佐殿。たかがメロンなのですから、そんなに遠慮なさらずに――。」
「そこで、何をしているっ!」
食堂入口で、急に鋭い声が投げられる。
「全員、持ち場はどうしたっ?!たかがメロンの1つや2つで浮き足だっていると、ドラクマの連中に付け込まれるぞ!――おいっ!。」
オリヴィエは、メロンを使って、即席のグラマラス美女役をしていた男の耳を引っ張り、食堂から放り出した。
「あたたたたっ!は、はいっ!すぐに戻りますっ!」
瞬く間に、兵士らが退散、マイルズだけが残された。それと、食堂テーブルの上には2つのメロン。
「貴様まで、一般兵と一緒になって、ここでふざけた遊びしていたのか、マイルズ!――で、このメロンは何なのだ?」
「――それで、しばらくマイルズ少佐は、2つ割にした食べ終わった後のメロンを、胸につけさせられている、っていうわけね。了解。」
医務室にある綿、それを大量に貰いに来たのをとがめた女医・ケイトが、納得、と頷いた。
「営繕室からも連絡が来たわ。マイルズ少佐が、超特大サイズのブラを欲しがったって。ありえない程のアンダーだったから、布を付け足して作ったけど、貴方がストレスではじけて、女装趣味になったのじゃないか、って、専ら噂よ。」
「女装趣味だったら、まだ納得が行きますよ、ケイト。胸があるだけで、こんなに動きが制限されると思ってもみなかった。」
医務室の主に勧められるまま、マイルズは紅茶をすする。こんなところでサボっているのが見つかったら、またオリヴィエから叱り飛ばされるのがオチだが、人生息抜きの1つや2つ、必要なときだってある。
「閣下はメロンに負けたのがよほどお悔しかったのだと思います。あれから、すぐさま要塞裏の畑に行き、全ての苗を引き抜こうとしましたから。たまたま畑に居合わせたバッカニアが止めていなければ、今頃、メロンもスイカも全部引き抜かれた上に、蔓が切断されていたでしょうから。」
なるほどね、と頷き、新しい綿をマイルズに手渡す。
「そんなに根詰めないで、適当にやっていればいいんじゃないの、マイルズ少佐。貴方だって、育ちすぎたナスやキュウリやズッキーニやゴーヤと張り合おうと思わないでしょ?オリヴィエだって、その辺は解っているはずだから。」
「――だと思います。ただ、自分より、要塞裏で取れた農産物の方が、甘くて魅力的で兵士たちが心惹かれるということが許せなかったようで・・・。」
「そこで、貴方がフォローしなかったのが、癪にさわったのね、きっと。ねえ、マイルズ少佐?きっとオリヴィエはメロンやスイカの大きさなんていいのよ。とにかく、貴方本人が、スイカやメロンなんかよりも、もっとずっとずぅっと、オリヴィエが好きだ、ということを伝えればいいんだから。」
頑張りなさい、と送り出しかけ――ケイトはマイルズに頼まれていたもう1つのものを渡す。
「ま、時々はオリヴィエがやりたいようにさせるといいと思うけど――。はい、湿布薬。足りなくなったらまた来てちょうだい、マイルズ。腰の使い過ぎに気をつけさせるよう、オリヴィエには私からもよく言っとくけど、言うこと聞いてもらえそうになければ、診断書出して、しばらく貴方が腰を休められるようにしてあげるわね。」
にっこり笑って送り出す、ブリッグズ要塞・医務室の主。
彼女が「オリヴィエが大好きだ」をマイルズが伝えるためには、残念なことに湿布薬がもっともっと必要になることを悟るのは、もう少し後のこと。
そして、それが必ずしも、腰用だけではないということに、今はまだ、マイルズも女医も、気づいていない――。 (FIN)
投稿者: miyanomiki
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