2008/4/27
「そういえば、アンタにノースシティにまで呼びつけられる前、オレは確かにウインリィとの結婚の話をしたな。そうしたら、何も言わず、旅支度して、ノースシティまで来いと。」
「私にも連絡があったわ。たまたま、次の週、メンテナンスのため、エドと会う予定だったし。偶然、一緒の列車になったけれど。」
この場合、エドたちが一緒の列車になったのは、偶然ではない。もちろん、途中でロイやリザと合流できたのも。オリヴィエ女王が命じた『列車ダイヤ操作』、ロイに言わせれば列車の運行妨害によって、『必然的に』同じ列車になるよう仕組んだだけの話である。エドたち3人は気づいていないようだが。
「これが――私が今、こんな辺鄙な北の田舎町にいることが、どんなに屈辱的なことか解るか、鋼の?一国でトップクラスの人気を誇る上院議院であるにもかかわらず、これからは、いちいち北まで日参して、あの女王様のご許可を頂かないといけなんだっ!」
ぐぐぐっと握りこぶしを固め、ロイが怒りを露わにした。
「2年前、ミニスカ法が施行されたら、そのお祝いも兼ねて、私と結婚しようと、彼はプロポーズしてくれていたのよ、アルくん。」
「ひどい話だろうが。2年間、待たせてばかりで、本当に――。」
くくくくく、と男泣きしかけたロイに対し、アルがあっさり、大丈夫ですよ、と軽く慰めた。木綿のハンカチを差し出しながら。
「本当に大丈夫ですよ、大佐。僕たちのお母さんだって、お父さんと正式に結婚はしていなかったけれど、ずっと幸せだったって、聞いているし。」
「俺もそう思う。アルの言うとおりだよ。いいじゃんかよ、大佐。別に籍が入っていないからといって、一緒に暮らせない訳じゃないし。」
エドの近くに歩んできたウインリィも、こっくりうなずいた。そのさらに近くには、アルが立っている。門の中で、半ば時間が停止した状態であったにもかかわらず、エドよりも確実に頭1つ分背が高い。ほっそりしていて、どちらかと言えばやせぎすのもやし青年ぽく見えるのは否めないが。
「まあ、大佐のように女癖が悪い息子ができたら、中尉は苦労するだろうから、子供はどっちでもいいけどな。思いなおした方がいいんじゃないの、ホークアイ中尉?いつでも逃げられるように。」
2人の青年の言葉に、肯定とも否定とも取られる笑みを浮かべ、リザが微笑んだ。その表情に、ロイがまた憮然とした顔になる。
「嫌だっ!私は、リザの白いドレス姿が見たいんだっ!花嫁を抱き上げて、バージンロードを歩いて、そのまま2人きりになって…。」
ジャキっと音がする方向を振り向くと、リザが銃の安全装置を外していたところだった。慌てて、ロイが口をつぐむ。2人きりになった後にいろいろ――ああいうことやそーいうことやほにゃららなことをしたいのだ、ということはロイの表情からすぐ読み取れたが。
「と・に・か・くっ!私はリザに似た、可愛い娘を持つのが夢なんだっ!私が抱っこすれば、にこにこって愛らしい笑顔を見せてくれるような、娘がっ!まだよちよち歩きしているときは、ほーらお父さんが肩車してあげるよーって、遊んであげて、庭にはブランコも作ってあげて、後から押して、ブランコこぎを教えてあげて。学校に行くようになったら、悪い虫がたからぬよう、しっかり見はっていて、そのうち大きくなって錬金術に興味なんてもんを示すようになったら、私がしっかり教えてやりたいんだっ!手取り足取り丁寧に・・・。」
「まさか、師匠の真似をして、娘の背中に錬金タトゥを入れるようなことはしないですよね?」
横でしばらくおとなしく聞いていたウインリィが突っ込みを入れる。
「それに、さっきからエドもアルも大佐大佐って・・・。もうアメストリス国は、軍事国家じゃなくなったはずでしょ?強大な実権は持たない、いわゆる国の象徴のような形の王を擁立する、共和国にするということ、私、ラッシュバレー・タイムズで読んだわ。かなり前の話だけれど。」
「実際はそうはうまく回っていないのよ、ウインリィちゃん。」
再び安全装置をかけると、銃を腰に戻したリザが頷く。
「法的な位置づけといえばいいのかしら?形式上から言えば、元首、つまり女王陛下と、上院議院と下院議院の力関係は対等な筈なの。でも、実際には、軍事貴族出身や国家錬金術師が大勢を占める上院議院の方が、地方名士の寄り集めである下院議院よりも実力がある。議員1人ひとりずつも同じよ。
――それに、以前ほどではないけれど、やはり元首の方が上院議会よりもはるかに実力があるわ。くやしいけれど、人を引き付ける力は、一介の上院議員より、オリヴィエ女王陛下のほうが、立場的にも遥かに強いわ。」
「カリスマ性の違いだろうが、大佐。」
ほら、また!とウインリィが突っ込む。エドは、単なる口癖だから気にするな、と流した。
だが、周りの人間全部がオリヴィエの味方をしたと思ったのか、ロイが唇を尖らせる。チェッという顔だが、ロイの年回りだと、少年ぽくていいというのを通り越し、内面がまだガキなんじゃないの、と突っ込みを入れたくなるような仕草だ。
「カリスマ性もあるということ、以前、そのことであの女王様から言われたぞ。貴様と私とでは、比較にならない。平たく言えば、人徳の差だと。鞭持って、恐慌政治している者が、何を今さら、と思うがな。」
その女王陛下の人気が凋落したのは、ミニスカ法問題で、オリヴィエが北に一方的な遷都を表明し、ブリッグズ城に籠るようになってからである。公的に言えば、遷都は上院議会では否決されている。
ゆえに現在のところ、首都はセントラルであるが、ブリッグズ城周辺も、オリヴィエを慕う者が中心となって、城塞都市を形成しているらしい。
「さて、食事も済んだ事だ。ブリッグズに向かうぞ、鋼の。こんな田舎町でぐずぐずしているのは、時間が惜しい。私は早く、あの女王様と決着をつけ、リザと幸せになりたいんだ。」
「――なのにぃいい、こんなところで、お泊りですかぁ、大佐?」
ここは、ノースシティ中心部にある、とある高級ホテル。ロイたちは、最上階のスイート、エドたちは、男女別にそれぞれ2人と1人に分かれている。こちらは最上階真下のセミ・ロイヤルフロアだ。
「仕方ないだろうが、鋼の。私だって、まさか全ての馬車に乗車拒否されるとは思ってもみなかった。」
「おまけにレンタカーも、貸出拒否だったもんな、大佐。まさか何十キロも離れたブリッグズまで、御徒歩隊するわけじゃないだろ?」
「レディ2人がいるのに、させられるか、そんな無粋なこと。」
「テロ対策で、バスが使えないって、不便だよな、大佐――いや、マスタング上院議員殿。」
エドの厭味を聞き流し、ロイはさっさと部屋に向かう。とりあえず、宿だけは無事に取れたのだ。一行は、先に部屋に荷物を置くと、そのまま少し身体を休めることにした。特にロイが、身体疲労を訴えていたのだ。
長旅の疲れをシャワーで洗い流し、こざっぱりしたところで、午後5時に、再集合ということになった。
ホテルロビーに設えてある、ふかふかなソファに腰掛け、ロイが大きな伸びをし、そのままソファの中に沈みかけている。目の前には、やや遅めの午後のお茶とお茶菓子。エドたち3人はロングソファ。ロイとリザはおひとり様掛けのソファだ。
背筋をぴんと伸ばし、行儀よくお茶を頂いているのは、リザ。そこそこの姿勢でティーカップをすすっているのは、ウインリィとアル。偉そうに足を組んだ状態で、お茶菓子に手を伸ばしているのは、エド。たれぱんだ状態で、何も食べる気力すら起こらないのがロイ、という順だ。
その少し離れたところで、白い制服に金髪碧眼という、典型的なアメストリス人ぽいボーイが、行儀よく待機している。
「ホテルはいいところが取れましたね。馬車同様、宿泊拒否もされるかと思っていたけれど。」
まだ少年と鎧だった頃、ユースゥエルで宿泊拒否されたエドのことを思い出したのか、アルがぽつりとつぶやいた。
「うむ。本日はあいにく満室でございます、が出ると思っていたが、いい部屋が取れた。これは全て、私の仁徳の成せる技だな。」
うんうんと頷きかけたところに、リザがいいえ、とあっさりロイの言葉を引っくり返した。
「先ほど、フロントで確認したところ、どうもオリヴィエ女王陛下のご意向で、このホテルにしばらく留めておきたいということだったようです。申し訳ないのですが、上院議員秘書という特権を使わせてもらい、裏事情を聞き出しました。」
「向こうから来るとでも言うのか?――女王様自ら?」
「使いの者を寄こすから、ということだそうです。期日は明後日だそうで、ブリッグズに連れていったオリヴィエ女王陛下の秘書官が来るとのことです。」
タイミングを見計らうかのように、待機していたボーイの1人が近付き、恭しくロイに手紙を差し出す。裏返すと、赤い封蝋の左下に、オリヴィエ・ミラ・アームストロングとサインが入っている。
「秘書官というと、マイルズくんかな?お、会見の日時が入っているぞ。明後日の午後2時に、宿泊先のホテルロビーにてお目にかかりたく存じます、それまで、ごゆるりとお過ごしください、とのことだ――ん、文字が違うな?」
「どうせ、中身は別の人間にでも書かせたのだろ、大佐?よくある話だよ、封筒の裏面と中の末尾のサインだけは、本人自書というのは。」
半ば腰を浮かしながら、エドがロイの目の前に置かれていた、アフタヌーンティのクッキートレーに手を伸ばす。主に自分が平らげた、カラのトレーを代わりに置いている。
「いいんじゃないの、明日は1日のんびりできるんだし。大佐は疲れているようだから、部屋でごろごろしていて、オレたち3人で街中を散歩でもしてくるよ。」
エドたちが前回ノースシティを訪れたのは、やはりオリヴィエに会いに来た時のことだった。だが、このときは、観光地周りすることもなく、すぐにブリッグズに向かっている。
「あ、それだったら私、ノースシティ郊外にある、オートメイルパーツの工房を見たいな。前にブリッグズにいる技師さんから、北仕様のオートメイルのことをいろいろ聞いたし。後はァー、ガラス工房と、ノースシティパークもいいなー。」
いつの間に調達したのか、ウインリィはノースシティ周辺の観光マップとガイドブックを広げている。それを熱心に覗き込んでいる、アルフォンス。さっそくペンを片手に見たいところに印をつけている。
「どうせあの怖いメスグマと、ご面談する必要があるのは、大佐だけだろ?なら、俺たちは明後日もオフだな。うまいこと話をつけておいてくれよな、大佐。俺とウインリィは、あんたのせいで結婚できないんだから――そこんところ、よろしく!」
投稿者: miyanomiki
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