2008/5/13
たったの今の今までごり押しをし、無理にでもオリヴィエと直談判したいとごねていた、ウエスト・シティからの陳情団を追い返すと、マイルズは奥に腰掛け、眉間に片手を当てて気難しい表情をしているオリヴィエに話しかけた。
「陛下。よろしいのでしょうか、あのように野良犬を追い払うように、門前払いするなど――。」
「言うな、マイルズ。分かっている。あの手合いのやり口はいつも同じだ。」
今日の謁見予定は、2件入っていた。1件目は、ダヴリス郊外で起きた、大規模な洪水に伴う、住民らの救済及び治水工事に関する申し入れ。こちらは、国の統治にかかわる大切な案件のため、時間を費やした。
天災にはよくあることだが、被災状況は、オリヴィエたちが予測していたよりずっとひどかった。なので、謁見後、マイルズとともに復旧のための対応策を練るため、午前中いっぱいかかった。
午後の謁見は、遅い時間に設けられている。ウエスト・シティの田舎議員から持ち込まれた無駄話――つまりは、鉄道道路に関する予算を、以前――軍事国家時代と同程度のレベルまで――手厚く措置してほしい、という申し出だった。
こちらに関しては、再三にわたり、オリヴィエたちは無理だと突き返していたが、業を煮やした議員ら陳情団が押しかけてきたのだ。
もちろん、ノースシティには、オリヴィエたちの息のかかったものたちがいて、このように厄介な案件を持ち込む人間たちが、簡単に近づかないようにしてある。ロイ・マスタングらにしたように、馬車の乗車拒否や、車の貸出を断るなどである。ロイたちはうまく足止めできたが、こちらの議員たちはもっとしたたかだった。ノースシティの住民ら1人ひとりに片っぱしから声掛けし、馬車を貸してくれるものがいないかどうか訊ねて回ったのだ。もちろん、多額の貸出料を払うという前提で。
平たく言えば、白タク行為だが、ドラクマの血が混ざった住民たちの中には、オリヴィエがブリッグズに舞い戻ってきたことを快く思っていない連中もいるし、軍事政権の復活を危ぶむ者も少なくはない。表向き、オリヴィエを支持してはいても、目の前に札束を見せられれば、離れたところに住まっている、雲の上の人であるオリヴィエより、センズ札を選ぶ者だっていないことはない。ある意味、えげつないやり方だが、この辺は、顔があまり売れていない、地方議員だからこそできる行為であり、ロイのように、全国区の人間がそれをやれば、札束で頬を叩くスキャンダルとして、あっという間に失脚しかねない。
さて、ウエスト・シティ御一行様だが、ブリッグズ城に押しかけてはきたものの、待たせに待たせた末、実際に謁見の場に顔を出したのは、オリヴィエではなく、側近のマイルズとバッカニアらだった。
くどいようだが、この日マイルズは、午前中の謁見に時間を費やしている。その関係で待たせたこともあったが、相手は『この私たちを待たせた』ということだけで怒り心頭に達していた。
マイルズは、この謁見に中座しようと考えていた。明日は午前中の謁見終了後、急ぎノースシティに向かい、ロイ・マスタングらと会う予定となっているため、その準備が必要なためだ。だが、敵もさるもので、軍人上がりでガタイの大きな用心棒を後ろに控えさせて、マイルズらを留めさせ、オリヴィエを出すよう、執拗に求めてきた。圧力で予算をもぎとろうとしてきたのを、マイルズは感じた。
こうした――やくざまがいのやり口に対し、マイルズは丁寧、しかしぴしゃりと断りを入れている。もっとも――大暴れしそうになったところで、こちらも大柄な城の者に立ち会ってもらうようにし――結局、ウエスト・シティの陳情団は捨て台詞を残して立ち去っていったのだった。『女王なんてものは、人民の支えあっての女王で、我々が認めなければ、お飾りの女のくせに生意気だ』と。
隣接する部屋で、何が起こっているかを知っていた筈だが、オリヴィエは一から事の経緯を居合わせた者に再度報告させていた。マイルズは取り急ぎ作成した午前中の謁見に関する記録をオリヴィエに見せ、決裁をもらっている。
「嫌な連中だったな、マイルズ。」
「いえ、陛下にお手を煩わすほどの相手ではないと、私も思いましたから――しかし、あれでよかったのかと――?」
「構わぬ。あの手合いは自分と同じ意見の者を周囲にも求める。少しでも異なる意見の者が現れれば、たちまち人数にものを言わせて意見を通そうとする。こちらが理路整然と、その者が違うことを伝えても、逆ギレするだけだ。挙句、聞えよがし、悪しざまの文句を口にする。少し前までは、このようなやり方をするのは、知恵と社会経験の足りない貴族の娘ぐらいのものだったが、共和国政になってから、それと似たり寄ったりの男が増えた。鍛え方が足りないというしかない。――私は少し、軍事国家だった頃のアメストリスが懐かしい。」
マイルズが淹れた茶をすすりながら、オリヴィエは『貴様の淹れる茶は、いつも美味いな。』と呟いた。
「あたりまえです、陛下。私が心をこめてお仕え申し上げるのは、オリヴィエ、貴女以外にいません。ところで、ロイ・マスタング上院議員ら一行に、明日、会う予定です。予定通り、ノースシティのホテルに留めておいたのですが――。」
「焦れているようすだったか?」
「はい。こちらとしては、体裁が整わないし、きちんとした形でお会い申し上げたいから、今しばらくお時間を、という口上で、以前より御断り申し上げておりましたが、あの東の朴念仁には分からなかったようです。先ほどの――陛下がおっしゃられた『逆ギレ』を起こし、これ以上待てるか、私はすぐにでも、『ミニスカ法』を施行したいのだとどなり散らしたとか。電話口での出来事でしたが。」
「そのミニスカへのこだわり、遠路はるばる、わざわざここまで来て言うことが私にはまったく理解不能だ。たかが議員立法案だ。さっさと廃案にでもして、もう少し内容を精査して出し直せば、国中の女たちからも共感が得られるのだろうに――。」
「いえ、噂に聞くところによれば、法案を受理し、正式に『法』という形になったところで、真っ先に、『ミニスカ姿の』アームストロング女王様から、御璽のおされた法文を受け取りたい、という野望があるとのことでした。もちろん、受け取りたいのは、マスタング殿だけのようですが。」
怒りと呆れ半分だろう、うつむいたまま、しばらくそのままの恰好で、握りこぶしを震わせていたオリヴィエだったが、やがて『マイルズ』と話しかけてきた。
「明日は貴様が行って、マスタングを追い返すように説得しろ。最悪でも、もう少し、時間を貰うように計らえ。」
「誠意を尽くして、お話して参ります。」
「今日は疲れた。もう部屋に戻る。部屋まで付き添え。私が片頭痛で倒れたりせぬよう、世話をしろ。」
「――御意。」
オリヴィエは、席を立ちかけ――ふと、思い出したようにマイルズに訊ねる。
「国内では、ミニスカ法は、主に男を中心に成立させてほしいという意見が大多数を占めていると聞いている。1つだけ聞き忘れた、マイルズ。貴様はミニスカ法に賛成か?」
「私は反対です、陛下。」
マイルズは、さっと屈むと、オリヴィエ女王の靴ひもが緩んでいないかを確認し、それから絹布をポケットから取り出すと、素早く靴に見られた、ほんの僅かなくもりをふき取る。
「先に陛下が仰られたように、平和な世に憂いた者が増えたように、私には思えます。王立病院の看護師が全てミニスカになれば、不心得者が悪しき行動に出、セクハラ被害が増えるでしょう。
以前、各駐屯地に隣接して設けられていた軍病院は、主に軍関係者が利用するということで、その中で自主的な規律のもと、軍人らしきふるまいをしていましたが、今はどの病院も一般人に開放されています。ですから――。」
「軍人の中にも、セクハラを好んでやる輩はいる。憶えているか、マイルズ?」
オリヴィエは、少し斜め下方の床下を指す。そこはかつて、スロウスという巨漢でうすのろなホムンクルスが侵入し、大きく破損した場所がある。そこを埋め立てる際、オリヴィエは一人の年老いた軍人を裁断し、埋め立てたことがある。死体はコンクリごと掘り出され、今はもうそのような穢らしきモノは城内には存在しないが――。
「あの男の一件で、私は陛下と生き別れの日々を過ごすことになりました。今となってはもう遠い過去の出来事ですが、貴女を待つ毎日は、時に心細さを感じることもありました。オリヴィエ――。」
マイルズは後ろからオリヴィエを抱きしめると、そっと耳を舌でねぶった。
「今でも、陛下が男のような――いえ、軍時代とさほど変わらない服で、日々執務に就いていることは、どれだけ私を安心させているか解りますか?貴女がミニスカ姿になどなった日には、貴女は国中の男からつけ狙われることになります。ブリッグズ城の警備隊の員数を、それこそ今の十倍にしても、まだ足りないでしょう。」
「自分の身は、自分で守れるだけの力量があると自負しているが?」
「あくまで一対一でのことです。そうであるのなら、豪腕と評された貴女の弟君にもあっさり勝てた腕ですから、貴女が勝たれることに、私は何ら疑問は持っておりません。
がしかし、数人の相手を敵にするのならともかく、数十人、数百人の男というのであれば、話はまた別です。
それに、このタイトな装いこそ、貴女のストイックな魅力を最大限引き出しています。私は貴女の今の服装が、何よりお似合いであると、自信をもって言えます。」
ベッドへ誘うような口づけをマイルズから仕掛けてきた。後ろ抱きに服の上から胸に手を伸ばし、緩やかにまさぐろうとする指の動きをオリヴィエは止めた。人目があるのだから、と。
「いくら人払いした部屋の中だろうと、女王を一人にしてくれることなど、有り得ないと分かっているだろう。このようなことをするのは、やめろといつも言っているのに――。」
「人前だからこそ、抱きしめる程度に留めているのです、オリヴィエ。ならば、悪い下僕に罰をお与えくださいますか?」
ふっと唇の先に微笑みを浮かべると、オリヴィエはするり、マイルズの腕の中から抜け出し、いかにも事務的な話をする口調で話しかけた。
「それが目当てか、マイルズ――どの部屋に行くか?」
「どこでも、貴女の望むままに。オリヴィエ。」
投稿者: miyanomiki
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