2008/7/5
セントラルにいる、オリヴィエ・ミラ・アームストロング少将が、東方司令部のグラマン中将からの連絡を受けたのは、北方司令部との合同演習最中のことだった。
暗黒将軍らが定期的に集う円卓会議は、トップであるブラッドレイ大総統が、東方視察に巡幸したため、自然消滅的に流れていた。どのみち、この演習視察に関する報告は、大総統に同道した2,3の暗黒将軍の口から、翌週の会議席上にて報告がある筈だ。急ぐ話ではないが、グラマンがわざわざオリヴィエに――しかも、軍のオフィスラインではなく、彼が贔屓にする酒場近くの公衆電話からかけてきた、ということに、オリヴィエは緊張を隠せなかった。事情をすぐさま察したオリヴィエは、では1時間後に、と断りを入れ――周囲には、もちろん誰かと会う約束でもあるかのように見せかけ――彼女もまた、公衆電話を用い、グラマンから指定された公衆電話に連絡を入れた。
グラマンの報告によれば、ブリッグズ郊外で匿われ、東方ステーションの貨物列車内に隠れていた、アルフォンス・エルリックが、何者かに拉致されたとのことであった。前後の経緯から察するに、拉致に携わったのは、ホムンクルスのうちの誰かのようだ、とのことだ。
その他、幾つかの案件をさくさくと打ち合わせたが、やはりどうしても直に会って話を進めないともどかしい点が出てきた。電話口でのオリヴィエの気配を察したのだろう、グラマンの方から、直接砦の人間と会って話を詰めたらどうか、と勧められた。
「――ですが、グラマン中将。私が今置かれている状況から察するに、下手気にブリッグズ要塞の人間と接点を持つことは、大総統などのホムンクルス側に余計な警戒心を持たれることになりかねません。それゆえ、私も砦の人間とは直接連絡は取っておりません。しかも必要最低限、いえ、それにも満たない程度しか取り合っていないのです。」
「もちろん、警戒することは必要じゃよ、アームストロング少将。だが、一枚岩である状況を維持するためには、直接連絡の場も必要だ。しかも『安心して』会話ができる場所を確保することも大切だろうが。」
グラマンには心当たりがあるらしい。具体的にはどの辺が安全かと訊ねると、彼はこともなげに『公園墓地がお勧めだ』と話した。
「墓地での密会は、ワシも前にもやったことがあるんだよね、オリヴィエちゃん。どぉだい?」
電話口の向こうで、誰かが通っていく気配がする。急に口調がくだけたのは、グラマンが用心したせいだろう。オリヴィエはそうですね、例えば?と続きを促した。
「あんときは、ワシ、女装したんだよ、3時間もかけて。相手は口の巧い男だったから、心浮き立つ言葉をいただけたわい。このワシですら、乙女心がくすぐられるような、嬉し恥ずかし、なかなかの気分になれた。」
自分の親に近い年回りの男が、電話コードを手で弄びながら、乙女の恥じらいを演じて、くねくね腰を揺らす姿が浮かぶ。気色悪い光景ではあるが、乙女心とは、言ってくれることではないか。だが、オリヴィエは嫌〜な予感がし、もしかして、と訊ねた。
「…閣下、その密会のお相手って、雨の日と書類整理に関する作業能力は無能そのものの、イニシャルがR・Mな奴ではありませんか?」
中央司令部在勤の歩く桃色粗大ゴミという別名もありますが、というオリヴィエのコメントに、グラマンは大笑いし、その湿気たマッチ坊やだよ、と相手の正体をばらしてくれた。
「あの男の軍士官学校同期の者の墓が、セントラル郊外の公園墓地にある。H611ブロックだ。そこから少し――そうだな、E503ブロックに行くといい。」
H611ブロックには、主にアメストリス国正規軍人とその家族らが埋葬されている。E503ブロックは、そのH611より少し手前にある。あの辺は、貴族や大商人の墓が多いところだ。埋葬者の名前は?とオリヴィエが促すと、グラマンは、二度、その人の名前を繰り返す。オリヴィエは頭の中で名を書きとめた。途中で、眉根を顰めながら。
「来るとなれば、つまりは、この墓に縁のある者が来る形になりますね。」
「その通りだ。君とも面識がある者だから、大丈夫だ。身丈が私より頭1つ分高い男だから、遠くからでもすぐわかるじゃろう。向こうが墓の前にいなければ、近寄らなければ良いだけの話だ。」
グラマンは、その後2,3の他愛無い話をした後、オリヴィエに対して『いかにもついでのように』口にする。『自分でない自分に、変身して墓所を訪ねろ』と。
理由を聞いてみたものの、素性隠しということ以外、捗々しい返事はなかった。とりあえず、合同演習が終わってから、丸1日程は、接待の口実で、大総統をイーストシティ内に引き留めるから、相手を会えという約束事と取り交わし、その日の会話は終わった。
数日後、晴れた日の、セントラル・グレーヴヤードE503。1人のイシュヴァール人にも見える青年が、墓の前で佇んでいた。
もう春が来ているというのに、青年はコートの襟を立て、いかにも寒そうにしている。表情は険しい。ここに来るために携えてきた白いユリの花束は、もうとうの前に、墓前に捧げ終わっている。約束の時間を少し回ったというのに、相手は現れない。
相手――オリヴィエは、自他共に時間厳守を要求する人間だ。何かトラブルでも起こったかと懸念が頭をよぎった。或いは、グラマンがブラッドレイをイーストシティに留めるのに失敗し、オリヴィエは出てこられなくなったか。――とり急ぎ、離れたところに停めた車――無線機を積んである――に戻ろうとしたところで、別のご婦人――漆黒の豊かな髪を結い上げ、黒一色の衣に身を包んだ美しい淑女――が、彼の傍らを通り過ぎる。喪に服している証のヴェールで顔を覆われた双眸は伏せられているが、その美しさまで覆い隠すことは困難だったし、何よりその物腰から、かなり上流階級に属する者と量られた。
慌ててその身をよじり、彼女に触れないように道を開ける。だが、その女は、青年に構うこともなく、ゆるやかに近くの墓石の名前を確認している。やがて、彼がユリを置いた墓の名前を確認すると、小さくその名を読み上げ、持っていたピンクのユリの花を、青年が置いた花束のすぐ隣に並べた。青年が持ってきた花束よりも、少しばかり立派なそれが良い香りを放つ。季節外れに墓参に訪れた2名の者がもたらした慶事を表わす彩の喪花により、その墓の前だけが、色鮮やかになった。
「失礼ですが、亡くなった妻のご友人であられますか?」
祈りを捧げる彼女の指先だけは、白い手袋だった。その手袋をはずすこともせずに手を合わせている女にふと疑問符が浮かぶ。再び青年――マイルズ少佐は女に声をかけた。すると、『まだ気づかぬか、バカ者』と呆れ半分の声が戻ってきた。
「ヒール靴のせいで出遅れた。整備された公園墓地といえど、ところどころ、芝生下の土がやわになっているところがある。杖代わりに愛刀を持って来なかったのが口惜しい。」
ヴェールを上げた中から、いつもの青い瞳が現われた。ご無礼申し上げました、とマイルズが頭を下げると、オリヴィエはまんざらでもない様子で、軽く微笑んだ。
「この髪はどうだ?2時間かけてセットした。初めて染めてみたが、なかなか面白い経験だった。誰も私と気付かなかったな。」
「お待ち合わせ場所に来られるに当たり、ウイッグを被るとか、軍服姿でないことは予想しておりましたが、まさか、このように大胆に変わられるとは思いつきもしませんでした。」
再び頭を下げたマイルズに、オリヴィエは墓に刻まれた名前と年号を軽く読み上げる。
「遠くから貴様を見ていたとき、私はこの、地下で永久の眠りを与えられた僥倖なる女に対し、ふと妬みの感情を表さずにはいられなくなった。それと、先に貴様が話しかけてきたときの表情は、全く見ず知らずの女に対するそれだったが、私はふとそれがうらやましくなった。」
「具体的には、どの辺りを?」
厳しい表情でオリヴィエはマイルズを見つめる。
「そんなことはどうでも良い。妻に先立たれた男は何者にも縛られない。――今の貴様は自由だからな。」
「いえ、今は誰よりも貴女に囚われているのです、オリヴィエ。」
オリヴィエは、下手な嘘を、と呟く。少しさびしそうに。
「貴様のその横顔は、誰より女心をくすぐる。妻を娶った後も、その唇で、指先で、何人の女をだましてきたのかと妬けた。それに貴様は、ひどく厳しい表情を、人に対してすることがある。」
「それは、貴女に教わったのです。オリヴィエ。」
そうかな、オリヴィエは首を軽く傾げる。
「私以上に、ばっさり、用済みの人間を裁断することもあるようだ。」
「そうなったのは、全て貴女のためゆえです、オリヴィエ。貴女が自ら手づから下らぬ者に刀を向けるという手間をかけさせるわけには、参りません。」
「――そうか。」
投稿者: miyanomiki
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