2008/7/5
グラマンから託された、事務連絡のような密談は、すぐに終わった。このままこの場で、しばしの再会の喜びを語り合うのも悪くはないだろうが、死者への畏敬を含めた思い出を語ることのあり得ない密談を、ずっとこの場で話し続けるのに心苦しさを感じる。
オリヴィエは墓所から立ち去ろうとし、もう一度、先に花を置いた墓石を振り返る。
「貴様は、死者の魂という存在を信じるか、マイルズ?」
「はい。」
すると、オリヴィエは首を強く振り、私は違うから、ときつい口調で話があった。
「私も信じない、マイルズ。人は、風になどならない。成仏もせずに、いたずらに人につきまとい、人の周りでいつまでも未練を残すことは好ましくない。生きている者も、死んでいる者も。」
「では、この私も?」
「そうならないよう、我々は軍人として働いているのだ。人が少しでも死なぬよう、未練を残して彼の岸に旅立たぬよう。」
腕を貸せ、マイルズと命じられた。よほど歩きにくいのだろう、オリヴィエの方から、エスコートをリクエストしてきたのだ。すぐさま、右腕を差し出すと、オリヴィエが腕を絡めてきた。
「これだけの距離であれば、密談は幾らでも叶いますよ、オリヴィエ。」
「そうだな。」
オリヴィエは、マイルズの腕に頬をすり寄せてみせる。
「繰り言になるが、私は、風になどならない。死んでもなお、生きている人間を縛りつけるのは傲慢だ――そう、あの墓の中にいる女に語ろうかと思っていた。だが、貴様の表情を見て、いいそびれた。まだ、愛しているのか?」
マイルズからはただ、参りましょうと、再びオリヴィエを促す声だけ掛けられる。
「いつまでもここにいるのは、私にとっても気づまりです。仮に死者が安らかに眠っていたとしても、私たちのこの様子を一目見れば、今は妻より貴女を愛していることがすぐに知られてしまうことでしょう。死者はともかく、妻の親族には、こんなところを見せたくはない。余計な諍いごとを招きます。」
再び、分かったというオリヴィエの呟きが口元からこぼれる。マイルズは、腕だけでなく、肩まですっぽり抱き寄せてオリヴィエを支えた。
「――墓の中の貴様の細君が、私たちを見て妬くだろうか?」
「もしそうだとしても、死者ですらも貴女と気付きませんよ、オリヴィエ。――ところで車は?」
アームストロング家との繋がりを見せないために、辻車を雇ったとオリヴィエは話す。待たせてある、とも。
「では、その車で行きましょう、オリヴィエ。私が借りた車は、少し目立ちます。私はこのまま貴女を返したくなくなった。」
「その車はどうするのだ?借り物を置き去りにするのか?」
呆れた物言いに、マイルズは微笑む。大丈夫ですと。
「ええ、中央司令部の顔見知りに車を借りました。後ほど、本人に場所を知らせておきますから、取りに来ることかと。」
「人使いの荒い事だな。まあいい、分った。」
「本当なら、その車で貴女をエスコートしたいところです。なかなか便利な地図だの何だのが車内に置かれていましたからね。」
「――誰の車だ?」
言えば、貴女は絶対に乗りたくない者の車ですよ、とマイルズはネタばらしした。大総統閣下秘書官の交際相手所有の車です、と。
「それで、行き先は同じつもりか、その車の持ち主と。」
マイルズはオリヴィエの顔を覆うヴェールを持ち上げると、両頬をはさんだ指で止め上げ、オリヴィエに軽く口づけた。
「ええ。お望みならば、ベッドテクニックも、そのうち車の持ち主から仕入れることにしましょうか。」
「冗談を。あれと同じように口説くつもりか、マイルズ?」
「ええ、何だかそんな――いけない男になった気分にさせられます。まるで――妻の葬儀が終わったところで、葬儀に駆け付けてきた、妻の友人なる見知らぬ美女に鞍替えして口説いている気がします、オリヴィエ。」
「不実なことを――。」
身をよじって逃げようとしかけたが、逆に抱き寄せる腕の力が入る。ヴェールと帽子は外され、再び口づけが繰り返された。2度3度4度5度…。足に力が入りにくくなっていくのを見越すように、マイルズが耳元で囁いた。
「愛しています、オリヴィエ。風になど私もなりません。貴女だけしか見えていない私を、どうかお許しください。それと、これからもずっと、貴女を一人占めにする我儘も。」
明日の午後、大総統がセントラルに戻る前に、貴様も引き揚げろ、とオリヴィエは呟くと、大丈夫ですよ、とマイルズは答えた。
「今の貴女なら、誰にも貴女だと判りません。仮に私と一緒でも。ですから、どうか行きずりの恋のように私にその身を任せられてください。誰よりも熱く、貴女と愛を語りたい。」
頭を胸の中に引き寄せた男の指が、滑らかにオリヴィエの頬を撫でる。とくん、とくんと耳に響く心音が心地よい。オリヴィエはそのまま、マイルズに促されるまま、心おきなく密談の続きができる部屋に流されていった。
その夜、マイルズはオリヴィエの知らぬ男になった。いつも――以前、ブリッグズに居た時のマイルズは、こんなにも熱く深く満たしていたのかと思い出そうとしたが、激しい嵐に流されてしまった。
互いに達し、荒い息をつく。全力疾走した後のように、鼓動が早鐘で打っている。
その息が少し納まったところで、マイルズはオリヴィエの瞳に瞼ごしに口づけた。
「帰したくなくなったな。」
「では、このままブリッグズに戻りますか?」
小さく頭を横に振ると、マイルズは再びオリヴィエと繋がった。好みの質量が、また緩やかな悦びの波を運んでくるのを感じた。
「愛しています、オリヴィエ。」
動きが激しくなり、やがてまた満たされた後の疲れは、優しいまどろみをいざなう。 オリヴィエはマイルズが差し出す腕に絡めとられ、束の間の眠りの世界へともに旅立っていった。(FIN)
投稿者: miyanomiki
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