2007/6/12
「人身御供 〜バッカニアからの貢ぎもの〜」
ブリッグズ番外編(短編2:不真面目編)
午後のお茶を医務室で飲みながら、最近、少将の機嫌が悪いんだが、と言い出したのはバッカニアだった。
「ああ、アレでしょ?レイブン事件とキンブリーのお子守でストレスたまりまくっているみたいだし。地下の鋼たちはガキんちょだし。それに今度来るっていう、鋼くん専属のオートメイル技師って、まだ10代のピチピチギャルだっていうし。」
医務官のケイトが差し出したクッキーを口にしながら、確かに、とマイルズは思う。副官として傍に付き添うことが多い関係で、ここのところアームストロング少将のご機嫌が急に悪くなることが多い。きっと、そろそろ更年期だからだろう。しかし、正直にそうと告げるわけにもいかないし、歳のせいだから諦めろ、とはもっといえない。恐ろしくて。
「オリヴィエに夏休みをとらせるっていうのは?」
「まだ、夏じゃないでしょ、先生。それに第一、少将は仕事が恋人のようなところがある。夏休みなんて、ここ数年、まとめて取ったの見たことがないな。」
いわゆる、ワークホリック上司である。
「――そういう、マイルズ副官は?」
「私も同じだ。まあ、軍に一生ささげるつもりで、アームストロング少将の副官を務めているから、仕方ないと思っている。」
ひどく大人な回答をしたマイルズに対し、周りの者たちはふうん、と気のない返事をした。だいたい、マイルズが真面目すぎるのがいけないのだ。無断欠勤してまでサボれとは言わないが、たまには仕事を休んでどこかに行けばいいのに。
「行くといっても、私は行き場がない人間だからな。まあ、私の恋人も仕事かな?」
上司と副官が手に手を取って、お仕事心中か。嬉しくない。コイツに休暇の話を振って、オリヴィエを誘うように水を向けたのが間違いだったと、全員が考える・・・ただし、別作業に熱中しているバッカニアを除いて。
バッカニア本人は、オリヴィエ対策を何も考えていないわけではなく、ただ、ひたすら一人で処方箋の反古紙にあれこれ書いていた。
「おい、バッカニア、何書いているんだよ?」
あー、と生返事をした男は、頭をぶるぶる振ると、自分だけの思考回路から抜け出し、世間の人と同調する準備をして、話の輪の中に戻ってきた。
「アームストロング少将の機嫌を直す方法、何があるかと思って書いてみた。あまりいいのが浮かばなかったが。」
紙にはかな文字中心で、「自分のオートメイルに御利美画命とほってもらう」「カラーコンタクトにする」「エステにいかせる」「うずきゅうめいがんをのませる」「赤カエルを食べさせる」と書かれていた。
「エステはわかるが・・・何だい、この赤カエルっていうのは?」
「ああ、オレの親父の生まれた国では、疳の虫に効くといって、腹を開いて肉を焼いて食わせるそうだ。」
「カラーコンタクトっていうのは?」
「いやその、目は心の窓だっていうし、少将の瞳はブルーだから、ブルーじゃなくなれば、気持ちもハッピーなんちゃって、思ったりなんかして。」
いつから、駄洒落大魔王になったんだ、コイツは。
「この『うずきゅうめいがん』は?」
「確か、銀色の玉で小さい子にも飲ませて大丈夫だって聞いた。」
銀色の、こーんなに小さい玉なんだ、と手のひらのくぼみを使って大きさを表してみせると、医務官のケイトがでもね、と説明した。
「バッカニア、宇津救命丸ってね、赤ちゃん用のお薬よ。医務室にはないわ。」
「何とかならないのかよ、先生?」
「取り寄せれば何とかなるけど、オリヴィエは赤ちゃんじゃないから、効くかしらねぇー。・・・それより、ホストクラブでも作ったら?貴賓室に、期間限定で。」
「誰と誰をホスト役にするっていうんですか、先生?お客があの少将だけじゃ、みんなヒキますよ。それに、ブリッグズ要塞は、セントラルのオヤジ将軍たちに言わせると、『北壁のホストクラブ』といわれているって、知ってます?」
確かに、イケメン兵士がブリッグズには多い。別に顔で人選しろと頼んだ覚えは、オリヴィエはもちろんのこと、副官のマイルズにもなかったが、全体レベルからいけば、上物が多い。ケイトなんて、時々出張でセントラルに行くと、オヤジ体型の丸顔めがね男か、おじいちゃんばっかりでがっかりするといっている。
「やっぱり、副官がイケメンで独身じゃないっていうのがいけないのよね、きっと。バッカニア、あなた整形しない?」
「――してどうなるっていうんですか、先生。オレの体型から素材を考えてよ。」
「そうねぇ。――じゃあ、マイルズ。あなた、離婚して。」
「今すぐは無理ですよ。」
ケイトの傍らに控えていた、鬼瓦中尉と、妻帯少佐は、ブンブン首を振って否定する。
全員で、ふうっとため息をついて、お代わりのお茶をまたすすり始めた。
少したったところで、ピエールが、じゃあオレはそろそろ、と抜け出し宣言した。
「どこに行くんだ?」
「――あ、鋼たちのところ。メシ、持っていくの忘れていた。」
鋼の、と聞いて一同は顔を見合わせ、そして、ふと、あることを思いつく。皆、いっせいに同じコトを。
――だが、この一番恐ろしい考えを真っ先に口にしたのはケイトだった。
「――いけにえ、っていうのは、どう?」
いけにえ。もしくは、人身御供。
昔から、神様とか、超怖い独裁系のあるじには、このような捧げものを持っていき、その身から発せられる怒りを収めてもらう、という方法がある。超古典的だが効果絶大な筈・・・そういえば、このテがあった。
「鋼の、って・・・まだ知らないよな?」
知らない、というのは女のことを指す。
「確認はしたことはないが・・・多分。」
この錬金世界では、男女とも、16歳かそこいらでは、知っている方が早いのだ。それにいくら早く大人の男になりたいと願っていても、あくまでそれは相手の合意あってのことだ。
「男の神様には、処女だと相場が決まっているよな。だとすれば、女であれば・・・。」
やはり、少年。
「いいんじゃないの?働かざるもの食うべからずだし。この際だから、アームストロング少将のために、一肌脱いでもらっても。」
あっさり合意する一同。ケイトは、せっかくだから、湯浴みさせてきれいにしてから連れていったら、とまで言う。こういうとき、女はシビアだ。
そして――。約2時間後、風呂に入って小ざっぱりしたエドが、少将のところへ連れ出されることになった。
マイルズから、時間をかけて、全身丁寧に洗っておけといわれて、エドはバスルームに放り込まれた。その入浴中、赤いコートとエドの服は持っていかれ、営繕部が大至急クリーニングした。下着もおろしたての軍用パンツだ。
髪をとかし、プレスの効いた服を着る。身支度が整ったところで、マイルズが将軍私室にエドを連れて行った。一応、エドワードは捕虜ということなので、ロープで縛ってある。見た目もますます人身御供っぽい。
「少将、マイルズです。」
「入れ。」
マイルズとバッカニアが並んで入る。2人の間にいるのは、ロープ巻きのエド。
オリヴィエは残業中だった。だが仕事が終わって部屋に戻ったとき、すぐにシャワーでも浴びたのか、まだ生乾きの髪だった。水分を含んでしっとりした前髪を重たげにかきあげながら、何の用だ、とエドと副官2名をじろりと睨む。
「バッカニアです。実は最近少将が多忙となり、ご機嫌斜めだとのことなので――それで・・・。」
「何だ、早く言え。」
ほれ、とエドをオリヴィエの目の前にずずいっと差し出すと、今度はマイルズが言葉をつなげる。
「そこで、ブリッグズ兵士一同の総意が得られましたので、少将閣下のご機嫌を麗しくするため、バッカニア中尉からの貢ぎ物として、本日ここに、『生け贄』の少年をお持ちしました。」
ぽとり。
オリヴィエが手にしていたボールペンが滑り落ちた。
「生け贄?」
「ええ。昔から、一国一城の主へのご機嫌伺いの定番は、こうしたものが相場だと。・・・その、男なら乙女でしょうが、少将は女性ですので――。」
再びオリヴィエがマイルズとバッカニアとエドを交互に睨む。やがてにっと笑った。そして、そうかと、エドを手招きし、あごに手をかける。
「――女は知っているのか?」
いえ、まだ、あの・・・とエドは泣きそうになる。
「オレ、知りませんっ!でも、あの、だけど将軍っ!」
唇が震え、歯が合わない状態でエドは必死で叫んだ。
「オレには、故郷に幼なじみの女の子がいるんですっ!」
ふん。生意気にも、メスつきか。
「――今度来る、オートメイル技師か?」
「はい・・・あの、それで、その――そういうことは、その、彼女と済ませてからの方が・・・。」
つまらん、とオリヴィエは思う。要するに私ではイヤだと、コイツは言っているのだな。まあ、まだガキだし、大人の女の魅力なんてものは判らなくても仕方ないが。
「そうか。――で、貴様、その女と私と、どっちが魅力的だ?」
再びずいと顔を引き寄せられた。エドは絶句した後、小声で答える。
「――少将の方がきれいです。」
「相手の幼なじみの子は?」
「・・・可愛くて、いい子で、少し凶暴なところがあって、スパナをオレに投げたりするけど、その・・・一番好き・・・です。」
オリヴィエはエドから手を離すと、机の隣に立てかけてあった剣を抜く。ぱさっと音がして、エドワードを縛っていたロープが解けた。
「2人とも、私はもう少し育った男の方がいい。――こいつは、もっと食わせて背を大きくしろ。取って食うのはそれからだ。」
オリヴィエはエドを地下牢に差し戻すようバッカニアに命じる。必然的に、マイルズだけそのままオリヴィエの元に残されることになった。
「マイルズ、私はそんなに毎日不機嫌そうだったか?」
「――はい。何やらぴりぴりしていましたから。」
いろいろある。仕方ないだろう、とオリヴィエは言い、目の前にあった帳簿をパタンと閉じた。
「先ほどの私の言葉を、貴様はよく聴いていたか?」
「はあ。早速、鋼の錬金術師には、夕食を追加で持っていくそうですが。」
そうではない、とオリヴィエはちらり、流し目をして微笑む。
「その前に、『私はもう少し育った男の方がいい。』といった。言っている意味は、わかるか、マイルズ?」
ええええっと声を上げた副官に、オリヴィエはすいと歩み寄る。
「貴様、『昔から、一国一城の主へのご機嫌伺いの定番』について口にしていたな?なら、私も教えてやろう。そういうときに、お供でついていった娘なり青年なりは、たいてい、『生け贄』として、一緒にその身を差し出すことになるのだ、ということを。」
逃げようかどうしようかと立ちすくむ部下の胸の中に、オリヴィエは飛び込んで囁いた。――貴様が私好み過ぎるのがいけないんだ、と。
「だから、今宵の人身御供は貴様だ。――覚悟しろ、マイルズ。」
翌日。
再び山のように朝食を持ってきた兵士に、エドは、なあ、と訊ねた。
「マイルズ少佐、あれから少将のところに残ったんだよな?オレを帰して無事だったのか?」
「少佐は、今日は腕の筋肉痛と腰痛で、午前中休暇を取っているそうだ。」
やはり、とエドは鎧のアルと顔を見合わせる。それから、懐から財布を取り出すと、1000センズ札1枚を兵士に渡す。
「何だ、これはチップか?」
「いや、これでマイルズさんに差し入れてほしいんだけれど・・・足りるかな、湿布薬代。」
「足りなかったら、後で請求するさ。」
兵士はポケットに札をねじこむと、地下牢を後にした。湿布薬は医務室に行けばタダでいくらでも貰える。だが、この少年の気持ちは悪くはない。
「マイルズ少佐には、医務室名物のまずいコーヒーでも持っていってやるかな。湿布薬とセットで。」 (FIN)

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投稿者: miyanomiki
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