やっぱり、”ネットで爆弾製造勉強”だの”心の闇”だのあちこちに登場。
ヤッパOBとして少しコメントしときますか。
ニュースで見る限り我が母校はちっとも変わって無くて”フッ”と薄ら笑いを浮かべるほど。
レポーター手書きの見取り図は当時の教室の配置、トイレ位置、カーテンの色など思い返すに十分のRealを伴って迫って来た。
でも、なんか被害者の少年少女には申し訳ないけど、今までの”小学生のカッターナイフ刃傷モノ”や”酒鬼薔薇”みたいな恐ろしさを何故か感じないんだよね。
自分の中にある当時の風景、不安、恐れ、、、諸々の感情が、今回の事件においてはマッチしていると言うか、あって不思議無いジャンと言うか。
つまり、今までの少年犯罪においては”自分の中にある未知の闇への恐怖”であったけど、今回の事件は”既知の狂気”と思えるから。
とは言え”未知の恐怖”でも恐れを抱く以上、実は抑圧の中の記憶とか、可能性のプールに浮かんでいるけど無理矢理沈めている感情で有ることは確かなんだけど。
当時の自分を振り返って見よう。
やっぱり”あの野郎、ぶっ殺すLIST”は確かに存在した。夢想家で臆病な僕は、”将来、大物になって殺し屋雇って、、”ぐらいの発想でしたけど。
ま、青春時代の純粋な向上心や恋愛感情は当然の様に純粋なものだから、当然の様に壊れやすい。さらに血液中を違う液体が流れてるくらいの煩悩のエナジーに溢れてる。
幸い3年の春まで運動部を生きる死ぬの次元でやってたし、3年の夏にはBANDのコンテストもあった。この2つが所謂”昇華”させてくれた。
でも、みんなそんなモンでしょ、中学高校時代って。
そんな中から可能性だの個性だのを妄想し、いろんな道が開けたり、潰れたり(?)。
だから、この犯人の少年の狂気はあんまり恐くなかった。
最後に、誤解のないように。被害者の子達には、ホントお見舞い申し上げます(地元でハタチそこそこで子供持てば同級生の子供もいる可能性もあるしね)。

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