この一年ずっと抱え込んできた右手小指の痺れ、そしてこのひと月ほどの間で顕著になってきた目の疲れによる肩凝りを軽減させるべく、指圧・鍼灸院に行って来た。
目の疲れ、そして肩凝りに鍼がテキメンに効くというのは、数年前に体験して知っていた。今のようにポツポツとでは無く、毎日スタジオで、アシスタントと代理撮影(駄目ばかり出ていたが)をしていた頃は、毎日眼の奥の痛みに悩まされていた。それが、一回の鍼治療でスッと楽になったのだ。
そして今また、眼の奥の痛みと肩凝りとに悩まされており、そして右手小指の痺れも相当にツラい。
ずっと放ったらかしにしておいたのだが、重い腰を上げることにした。
鍼灸師というのは、同じく人間の体を取り扱う医師よりは、門扉が広く開かれている職業だ。なので、下手な鍼灸師の手に掛かってしまうと大変なことになってしまうと聞いている(あくまで伝聞だが)。
そこで今日は、かかりつけの医者が紹介してくれたところに行ってみた。
「こちらでお待ち下さい」と案内された、カーテンで仕切られた診察台に、渡された服に着替えて座って待っていると、二十代前半の、若い施術士が「お待たせしました」と言いながらカーテンを開け、入ってきた。
内心、思った。「大丈夫かなぁ……」。
どんな業界でも、その年代の人というのは、まだペーペーの下働きをしている時期だ。経験の浅い人が熟練者と同じ仕事をするというのが、資格職というものが持つ問題点である。
指の痺れ、目の疲れ、肩凝りについて、受付時の問診に続いて詳しく説明した後、指圧によるマッサージが始まった。
また思った。「大丈夫かなぁ……」。
肩が凝りすぎていて、筋が張っている範囲が広すぎるせいもあるのだろうが、圧して欲しいツボから微妙に外れている。「うん、そこも凝ってるんだけど、でもその隣の筋のほうがもっと……」といった具合だ。
「あ、もっと右」だの「もうちょい後ろ」と、いちいち指示を出してのマッサージを終え、いよいよ鍼治療へ。
いいや、運を天に任せよう。俎の上の鯉状態。彼もプロだ、死んだり半身不随になるようなことは無いだろう。いやおれが最初の一人になるのかも。うぅ。
ところが彼、鍼は巧かった。一本一本打つ毎に、肩の重みがすっと軽くなっていくのが判る。流石に鍼を打たれるというのは怖いので、その間は体を固めて眼をつぶって横になっているのだが、それでも目を開けてみると、疲れ目でボヤケて見えていたカーテンの織り目が、施術前と比べてはっきり判る。
肩への鍼治療が終わった。首を廻す。軽い。さっきまでの自分の首じゃ無いみたいだ。目に映る景色も、まるで目をつぶっている間に別の場所に連れてでも来られたかのように、はっきりと違っている。ベールがかかっていたように見えていたものが、くっきりと視界に入ってくる。
安堵を大きく飛び越えて驚嘆していると、「それでは右手に移りましょう」と声が掛かった。施術台の上で、右脇を上にした姿勢からうつ伏せへと、体位を変える。
もう俎の上の鯉ではない。マタタビ浴びたタマだ。体を任せる相手が、天運ではなく、この若い鍼灸師に替わった。
尺骨神経に沿って、1本、2本、3本。うん、これは結構ビリビリ来るな。
先だってピアノを弾けた頃と比べ、その後良くない使い方をしていたせいで悪化していた小指の痺れが随分楽になった。一年以上放ったらかしにしておいた痺れなので、たった一回の施術で完全に快癒するということは無いだろう、それは解る。しかし、劇的な変化は確かに起こった。
施術前の痺れを、正座したあとの立てなくなるほどの足の痺れに喩えるなら、施術後のそれは、低周波治療器によって感じられるものと似ている。ずっとずっと、軽減された。
今後いく度か治療を続けていけば、きっとどんどんこの痺れは薄らいでいくのだろう。
ついでに、左足付け根の、組織が壊死している患部も見せてみた。すると、「うーん、これは……押すとどうですか?」。あいたたた。やめて、触らないで。
おれにも判っていた。これはきっと外科治療の範疇に収まるもので、鍼でどうこうなるものでは無いだろう、と。
「この、色が変わっているところの周りに、鍼打ってみますね」。
彼を疑う気持ちは、もう微塵も残っていない。「お願いします」。
とんとん、くるくる。何本かの鍼が、アザのように色が変わっている部分の周りに差し込まれる。
「終わりました。これ、どうです?」
「これ、って?」
「今、あの黒くなってる所を押してみてるんですけど」。
「えっ? 周りじゃなくて?」
さっきと明らかに感覚が違う。違和感はあるものの、それが痛みになることはない。
「黒くなっているところの周りを触ってみたところ、ずいぶん張ってたんです。で、鍼打ってみたら、反対側の足の同じ場所と感触があまり変わらなくなりました」。
これまでずっと、体の左を下にして横になることが出来なかった。さっきの施術で体の左を下にしていたのも、左腕を挟み込んで、壊死している部分が施術台に触れないようにして、初めてできたことだ。ここ暫く、寝返りを打つことさえ出来なかったのだが、これからは、少なくとも寝返りを打つことくらいは出来そうだ。
施術が終わった。視界はクリアになり、首と肩は軽くなり、右小指の痺れも左足付け根の違和感もずいぶん楽になっている。更には、施術前には噴き出すようにかいていた汗が、すっきり引いている。そうだ、鍼には調子を崩した自律神経を整える効果もあるんだった。冷え性の女性にもお勧めしたい治療法だ。
料金は、30分+初回サービスの10分で、三千円だった。手続きをすれば保険も適用され、一回あたり千円ほどが割り引かれる。
暫く通ってみようと思う。いやもっと早く、そうすべきだった。
ただ、鍼治療には一つ、難点がある。
たった30分の施術で体が劇的に変化するため、施術後1時間〜2時間ほど、意識が体を上手くコントロールできなくなるのだ。凝っていた肩や腕を、楽になってもかばい続けたり、逆に楽になったためにいきなりオーバーワークで酷使したり。鍼治療のあとには、慣らし運転が必要となる。
だがそれは勿論、副作用といった類のことでは無い。機械と違い、精神と肉体とが有機的に結び付いて行動する人間なので、有機体としての統合を取り戻すのに少し時間がかかるというだけのことである。
おれが「楽になったなぁ。長い間放ったらかしにしておいたトラブルだから、変化した状況に慣れるには時間がかかるだろうし、今夜は一晩ゆっくりしようかな、ブログのエントリ書くのも、一気に書かずにゆっくり休みながらにしよう」などと考えながら、「ありがとうございました」を言うと……。
「今日は神経にも触りましたから、暫くの間は重たく感じられるかも知れません」。
と言われた。
それが怖いんだってば。視認ではなく触感のみで、一人一人違う経絡(ツボの配置)を探り当て、一人一人違う症状に対応する、ブラックボックスのような、または経験を重ねた職人にしかできないような仕事を、しれっとしてしまうことが。
だが、切った貼ったや、化学合成物を体内に投入して行なう西洋医学とは全く違う場所にある東洋医学の究極のかたちとして、非常に効果的な手段だ。
これからも、おそるおそる鍼灸院の門をくぐり、そして生まれ変わったかのような驚きに包まれて門から出てくる繰り返しになるのだろう。
良い鍼灸院を見極めるには、暫く鍼灸院の前に立ち、入っていく人と出てくる人の顔を見比べてみるのが良いかも知れない。不安の混じったツラそうな表情で、肩を押さえ背中を曲げて入っていく人、あらゆる問題から解放され、にこやかな笑みを浮かべ胸を張って出てくる人。表情の差が大きければ大きいほど、そこはきっと良い鍼灸院と言えるのではないだろうか。

0