『電車男』がラブストーリーだと激しく勘違いしている人が多そうなのでカキコ。
『電車男』は、「縁もゆかりもない人々が集まって作り上げた群衆劇」です。主人公は"電車男"ではなく"名無しさん"なんだということが重要。よしんば"電車男"の存在がネタであったとしても、『電車男』のストーリーが成立する過程での"名無しさん"の存在はリアルです("電車男"の存在がネタなのなら、一部の"名無しさん"は自作自演なのでしょうけど)。そうした意味で、『電車男』はノンフィクション。それも、かなりエポックメイキングな。
「電車男の時刻表」さんにつけたトラバから飛んできた方へ。
こちらで拙論を展開していますので、そちら&そちらからのリンクもお読み下されば幸いです。
先のエントリでリンクさせて頂いた先にご迷惑をかけてしまうことを懸念(まぁまず無いとは思いますが)したので、ワンクッション置いてのエントリにしました。
「電車男の時刻表」についていたトラバのうち、
こちらが興味深い内容だったので、トラバさせて頂きました。そちらで触れられている、インタヴューが編集されているなんてことは極々当たり前のことなんですけどね。編集において重要なのは、そこに編集者の恣意的な要素を含めないように留意して、素材のエッジを際立たせることなのではないかと思います。作者と編集者のやり取りがあって、素材が作品として昇華していくのならいいんですけど、インタヴュー原稿の編集に当たって、編集者によるバイアスがかかってしまうというのは最悪です。編集者はあくまで陰の存在であるべき。漫画の世界では、「先ず編集者ありき」らしいですけど。おれが「週間少年ジャンプ」を詰まらないと思う理由はそこらへんにありそうな気が。
しかし何故"名無しさん"たちは訴え出てこない?

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投稿者: Francois Quevouxquien
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