今日の、
@niftyデイリーポータルZの小ネタは「つまようじの頭」についてだった。そこで思い出されるのが、先日、フジTV「トリビアの泉」で放送された「爪楊枝の頭の刻みは、折り取って爪楊枝置きにするため、というのはガセネタ」というもの。
デイリーポータルZの調査はリンク先を参照して貰うとして、「トリビアの泉」で放送された内容をかいつまんで記しておこう。
「爪楊枝の頭のデザインは、爪楊枝の木口が黒くなって汚く見えるのを誤魔化すために発案されたもので、折り取って爪楊枝置きにするためのものではない。巷間そのように広まっているのは、'70sか'80sに、とある経済学者が言ったからだと思う」と、国内唯一の爪楊枝メーカーの社長は語った。(我ながらこんなしょむないことよぅ覚えてんな)
問題点はふたつ。
1)「トリビアの泉」では、爪楊枝メーカーは国内にひとつだと言っていたが、爪楊枝屋さんは一社ではない。
2)言い出したのは某経済学者か柳家金語楼か、どっちだ?
……実は、どちらにも論点のすり替えがある。国内で爪楊枝を作っているのは一社なのかも知れない(未確認)が、海外生産分を考えれば、爪楊枝屋さんが何社あろうと不思議ではない(この点「トリビアの泉」が使ったレトリックにはちょっと問題があると思う)。また、「言い出した」ことと「広めた」こと、そして「広まった」ことを混同してはならない。
「爪楊枝の溝は爪楊枝置き」説を言い出したのが誰か、ということは、恐らく調査不可能だろう。どこぞの呑み屋でどこぞのおっさんが言ったことなど知りようもない。また、広めたのが誰かということを"特定"することもまた出来ることではない。それは例えば、キリスト教を広めたのは誰か、という問いに対する答が無いのと同じだ。12使徒の名を挙げるより、「日本ではキリスト教はフランシスコ・ザビエルが広めました」とでも言っておく方がよほど適切だろう。爪楊枝については、某経済学者から知った人にとっては元ネタ提供者は某経済学者なのだろうし、金語楼師から知った人にとっては同じく金語楼師なのだ、という風に考えるべきではないだろうか。
更には。「爪楊枝の溝は爪楊枝置きとして使う
ために作られた」というのは間違いでも、「爪楊枝の溝は爪楊枝置きとして
使える」というのが間違いだとは言えなかったりもする。両者の区別をないがしろにしてはならない、というのは当然だが。
つまりおれが言いたいのは、
「一次資料(≒目の前の事実)以外を信じるな。たとえ権威あるものから得られた情報でも決して鵜呑みにすることなく、一次資料に当たれないならその情報は吟味されなくてはならない。布教者たちは誰もが偉い。そして、緒川たまきに『ウソツキ』と言われても、ひるむな」ということ。最後のはノイズかも知れない。
当然のことっちゃあ当然なんだけどさ、あやうくおれも陥穽に落ちそうになったんだよね。やばいやばい。
もうひとつ、「ムダ知識からも学ぶことはある」とも記しておこう。えっへん。
※爪楊枝についての参考ページは
こちらや
こちら

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投稿者: Francois Quevouxquien
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