「ツーショットダイヤル」にハマっていたことがある。男性が、1分およそ100円ほどの料金を払い、フリーダイアルでサービスに電話をかけてきた女性と話す、という代物だ。
しかしおれは、わざわざ金を払ってやっていたわけではない。とある事情で、男のおれも、電話代のみでサービスを利用することができた。だから、あくまで遊びとして、いろいろな女性と喋っていたという話。
言うまでもなく、「伝言ダイヤル」「ツーショットダイヤル」(今でいう出会い系サイトか)に電話を架けてくる女性は、99%がサクラである。彼女たちは、通話時間に応じてサービス運営会社から歩合給が支払われるというシステムの下で働いている。彼女たちにとって、話をする相手との通話時間をいかに引き延ばし気を持たせるかというのは、死活問題だ。
ツーショットダイヤルは、電話一本で気軽に出来る仕事なので、小さな子どもが居たりして家を離れられない事情を持つ女性にとっては、手っ取り早くできる内職である。
しかし、基本的に男の欲望に従わなくてはならない仕事でもある。ツーショットダイヤルで開業するには風営法に基づく認可が必要だというのも、いかに女性にとって負担が大きい職業であるかを物語っていると言えるだろう。
そんな所で遊んでいる内に、懇意となるサクラの女性が出来た。仮に、彼女の名前を「田中さん」としておこうか。
「あ、田中さんだね。今日もおれと繋がって、良かったね」
「うん。あなたと話してると、時間はどんどん伸ばせるし、別に『会おう』とも言われないから、助かるよ」
「こないだ、またお子さんが入院したって言ってたよね。具合、どう?」
「もう大丈夫。もしかしたら、運動会に出られるかも知れない」
「そう、それは良かった。でさ、この仕事なんだけど、どんな感じなの?」
「うーん、やっぱりねぇ、『今すぐにでも会おう』って人ばっかで、疲れる。ほら、私たちの仕事って、通話時間で給料が決まるでしょ? そして、男の人たちって、なんだか凄く高いお金を払ってるらしいじゃない。私も、どうやって時間伸ばそうかなぁ、って考えるんだけど、難しいよね。友達もこの仕事やってるの。そして彼女は、テレフォンSEXにまで持ち込むんだって。お菓子食べながら、テレビ観ながらなんだけどさ。私にはそんなの無理だから、どうしようかなぁ、って思ってる」
「まぁね。おれみたいなのと繋がると楽なんだろうけど、世の中ガッツイてる男って、多いんだろうしなぁ。実はさ、こないだ家に来た友達にも電話させてみたんだけど、そいつ、『今どこにいるの、これから会おうよ』とか言い出しちゃって、参ったよ。『殆どがサクラの人だから、お喋りだけを楽しんで、彼女たちには利潤を、そしてお前は精神的な満足だけを得るようにしろ』とは言っておいたんだけど、やっぱ男ってバカなのかな」
「いや、解るよ。寂しいから、こんなところに電話してくるんでしょ? 私も、仕事なのか、寂しいから電話してるのか、判らなくなることってあるもん」
「あはは、そうなんだ。まぁ、おれも彼女居ないから、電話できてるわけだもんな。そうか、田中さんの家って、旦那さん居ないし、お子さん本当に体弱いから、田中さんは外に出られないもんね。ストレス溜まるの、解るよ」
「でも、あなたと喋ってると安心する」
「へへっ、そりゃそうでしょ。幾らでも通話時間伸ばせるし、別に『会おう』とか言わないし」
田中さん以外の人にとっても、「ツーショットダイヤルで働くサクラさんたちの憩いの場」として、おれのコールは機能していた。しかし、その内の大方の人が、おれのことを、あくまで「歩合給稼ぎのツール」と見なしていたのとは違い、田中さんは、おれのことを「信頼できる友人」として見ていたように思う。いろいろな事を話してくれた。旦那さんと別れた経緯や、お子さんの体がいかに弱いかということ、ツーショットダイヤルのサクラの仕事のツラさ、外に出てスーパーのレジのパートを始めようかと思っているけど、やはり子どものことが心配だ、などなど。
そのうち田中さんは、コールする時間を決め、おれ以外の相手とは話さないようにすると伝えてきた。おれも、それに応えることにした。親一人子一人の家庭を潤すのに、些少な電話代の支払いを厭うことも無いだろうし、ストレスを感じながら仕事を続ける人には、ストレスから解放されて欲しいと思っていた。
何十回目かのコールで、田中さんは切り出した。
「あの、会えないかな」
「えっ?」
「いろいろイヤなことがあって、ツラくって……。私、あんまり友達居ないし、みんな働いてて忙しいし、相談できる相手って居ないの」
悩んだ。別に、会うのは構わない。しかし、おれはツーショットダイアルを通す形でしか彼女をサポート出来ないし、そしておれがツーショットダイアルを電話代のみで利用できる期限も差し迫っている。そんな状態で、おれは彼女と会うことが出来るだろうか。所詮おれは、一介の学生なんだし。
「う……ん。難しいかも」
「なんで?」
「やっぱ、田中さんはココに居るべきじゃ無いと思うんだ。田中さんみたいな人って、こんな仕事続けてるとダメになっちゃうだろうし、そしておれは、田中さんの人生って、背負えない」
「なんでぇ〜!」
「……ごめん」
「だって、私は……」
「本当に、ごめん。田中さんとこうしてお話しできるのも、あと少しなんだよ」
その後の会話がどのように続いたかは、覚えていない。
おれも、田中さんとは会ってみたかった。話の端々に彼女の持つ優しさが覗き、そして何より、何度にも亙る会話が続いていたというのは、互いの友人としての相性を示していたと言えることだろう。
でもおれは、田中さんとは会えなかった。最後の最後で、逃げてしまった。
田中さんの優しい人柄は、今でも心を離れない。彼女のお子さんも、今はもう高校生くらいになっているだろうか。
いま思えば、会っていれば良かったのかも、という気はする。互いに責任を負うことのない友人として。
しかし、若かったおれには、それは無理なことだった。声を通してしか知らない相手、そしてそこに重い気持ちが伴う間柄として相手に会うことは、出来なかった。
彼女の最後の言葉は、確か、
「明日12時に、浅草橋の駅前で待ってるから」
というものだったと思う。そしておれは、290円の電車代を払うことは出来なかった。
もし今、田中さんと再会することがあれば、可能な限り優しくし、可能な限りサポートしたいと思う。
でもそれは、もう叶わない。
Call me:Go West

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投稿者: Francois Quevouxquien
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