2015/4/1

タンチョウという存在 〜続き〜  nature
動物にばかり気を取られず、背後の景色も独特なものがある。

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砂丘のうえに広がっているアカエゾマツの純林。
12月に来た時、奥の森は苔むした林床で、サラリと被った白い雪を思い出す。
しかし、その直後に来た爆弾低気圧は満潮と重なり、木道だけでなく多くのアカエゾマツを薙倒した。
そして地盤沈下により塩水に浸かり、少しずつ木々は枯れて朽ちてゆく運命だ。
アイヌ民族が数千年も守り続けたこの森。
その原因が近代人類によるものが大きいとしたら、我々はなんと悪なのであろうか。

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荒野とも言えるような場所がこれほど美しく見えてしまう人間のエゴとはなんなのか、考えただけでも恥ずかしい。
いま目の前に見える自然がただ淡々としているように、せめて人もそうあるべき道と定めがあってほしい。


少しばかり考えることが多くなりすぎたので海に行ってみる。
最大標高80mの半島を横に納沙布岬のハイド(観察小屋)で半日過ごす。
鳥たちが手に届きそうな場所を飛ぶようになるとすごく楽しい。
海は大潮の満潮に向かっているため、大きく荒れ始めた。
すると目の前で波に遊ぶなにやら怪しい奴たち。

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ラッコが寄せる波に身を任せ、ゼニガタアザラシが波に合わせて潜りをして遊んで?いるように見える。
あはは、それこそグレーシャーベイ以来の生ラッコを初めて見た。
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「ん?見てた?」て顔はおじさんみたいだ。

飽きもせず何時間も見てるうちに波はとんでもないことになり、ラッコもアザラシも消えていった。


そして、根室付近で数日過ごしてとても目に焼きついた風景があった。

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風連湖から優しく吹く春風の匂い。
輝く湖面。
湖岸で集うハクチョウやワシたち。

そして一つがいのタンチョウ。
英語でjapanese claneといわれるほど日本を代表する鳥。

彼らは外敵から身を守るために釧路の凍らない川で寝て、給仕場所で餌をもらい、厳しい厳冬期を越えてきたタンチョウが、子育てを間近に周辺の湿原へ移動してきていた。

アラスカのようだった目の前の風景が一気に日本らしさを取り戻した瞬間、
僕の頭の中にタンチョウをモチーフとした画が浮かんだ。

明日からの天気予報は雪と雨。
イメージにはうってつけで、僕はすぐさまハンドルを握っていた。
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