2009/11/25

山茶花  自然

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十一月から咲き出す山茶花ですが、我が家のは同じ種類のようですが節度なく咲いていますが、京都国立博物館でのこの一輪は一輪であっても絵になります。

境内を見回る人が少ないのですから、この存在に気がついてくれる人もいないかもしれません。誰に見られるを意識せずに咲く!孤高の美しさを感じます。
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2009/11/24

クリアファイルに見る名宝  芸術

先日の日蓮と法華の名宝展での記念に買ってきたクリアファイルです。桃山時代の豊かな芸術性を感じます。

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実物はこのように縦長のものではなくて横長の巻物です。そしてこのファイルは4段にして横長の物をコンパクトに1枚のものにしています。重要文化財『鶴下絵和歌巻』で、書は本阿弥光悦で、画は俵屋宗達です。京都国立博物館の所蔵の作品ですが、NHKのBSだったと思うのですが、美大生達がこのコラボレーションを現代に生かしたらどうなるかに挑戦していました。私としては本物がコラボとしては最高であったので、えっ?と疑問を持ちましたが、現代の学生達の発想の面白さを見ました。

会場では、この巻物は墨絵に金彩が施された鶴の絵の巻物に、三十六歌仙の和歌が、流れるような字体で書かれているのは本当に美しくて眼を引きました。

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『唐獅子図屏風(部分)』で狩野山楽の筆によるもので、本法寺所蔵です。このように平面にしてしまうとなんともマンがチックで愛嬌がある獅子ですが、実物は屏風なので、凹凸を置いて展示されるので、この大柄な獅子がうねるように迫ってくるようでした。

金箔が施されたバックに青色の体が光り浮き上がるようで、体の幾何学的な模様が、バックの金箔の四角の連続に対して、丸の連続でその対象もうまいなあと思いました。金に青の組み合わせが西洋画ではよく効果的に描かれていますが、日本の絵画にも生かされていたのだと感心しました。

しっかりと大地を掴んで闊歩する精悍な唐獅子の姿に、この不況時代を乗り切ろうとするには、ただがむしゃらにでもなく、悲観するだけでもなく、ユーモアをも忘れずにと
いっているように感じました。

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2009/11/23

メタセコイアの木  自然

京都国立博物館にはメタセコイアののっぽな木がありました。銀杏と趣がまた違う木で、夜見たら幽霊にでもあったような気になりそうな風貌をしていました。

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この境内には東大寺の燈篭の複製や、石仏なども置いてあり、それを見るのも面白いです。今回は三乗大橋の橋脚石柱や五条大橋の橋脚や橋桁もみつけました。桃山時代(天正17年5月吉日と銘文がある)の作ですが、どっしりとしたもので橋が支えられていたのがわかりました。

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賀茂川にはいくつも橋が架かっていますが、この五条橋は義経と弁慶の話でも知られていますが、比叡山の僧兵がまずここを通るという橋でもありました。日蓮宗のお寺もですが、豊臣秀吉も外的から京都を守るために堀を作成する計画を持っていました。そのなごりがあちこちに見られるそうです。
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2009/11/22

銀杏の大木  自然

京都国立博物館の境内には大きな銀杏の木がありました。

展覧会を見た後はそそくさと出て近くのお寺へ、またお昼時なので、博物館境内にあるレストランや外のレストラン等に出かける人々を眼で送りながら、私は少々寒くはありましたが、この銀杏の木の美しさを見ながら、境内のベンチに座っておにぎりとお茶を!

なんだか人よりいい時間を過ごした気分になりました。

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2009/11/22

日蓮法華の名宝展  文化

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京都国立博物館でのこの展覧会は明日23日までです。この会期中に行われました博物館主催の土曜講座4回とシンポジュウムは内容が豊かで京都の歴史と文化をこの日蓮法華の世界から見ることで楽しめました。

数奇な運命をたどったこの日蓮宗ですが、日蓮の燃えるような民を思う気持ちから発しているので、時として排他的な面が(今はないですが)抗争を生んだともいえます。
この講習会を主人は皆勤で私は講座3回に出席しました。その後に展覧会を見ると、展示物の意味するものが分かり、良かったです。最後の昨日の土曜講座は、文化財を見る時の着眼点について、講演する方がその分野専門の方だったので、感心しましたが、私が自然に感じていた所と同じなので、私もまんざらでもないなあと思っていました。そうしますとこの講演者の大原氏が、それを感じている方はもう文化財の鑑識眼を持っていますというのにホクホクと!していました。

主人の父が眠るお寺の本法寺の教蔵院のお坊様も講座にいらしていたので、終わってから3人で話しました。会場だった京都女子大学から見える親鸞の墓所、また日親上人の墓所を教えていただきましたが、なんとそばなのです。宗派がいろいろ言われていますが、また長い歴史で揉め事もあったでしょうが、元は一緒という気がしました。人間の心のよりどころは何かを知らせてくれようでした。

お互い今の介護の大変さを話して、またこの京都はこれだけお寺が多いのは、怨念の歴史を含んだ土地なのかもしれないと笑いながらしばし。展示物の中に本法寺の重要文化財が多かったので、普段は見せていただけないのですか?と聞きますと、普段はダメですが、8月の虫干しの時に、興味があるのでしたらとおっしゃっていただき、絵曼荼羅や曼荼羅に今回展覧会でとても興味を持ちましたので、楽しみが増えました。

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2009/11/21

展覧会のお知らせ  美術

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染織作家の野村恭子さんのお教室の展覧会です。お教室の方々も皆さん茨木市展・高槻市展で入賞されている方々がほとんどで、大作もまた日常のものが展示されていますが、織りの優しさが伝わってくるものばかりです。

また陶芸で人物を表現されている方の作品も並べられていて、それもまた味わいがあって楽しめました。
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2009/11/20

ウイリアム・モリス  芸術

ウイリアム・モリスというと近代デザインの父として有名で、生活に必要なものこそ美しくあるべきだと考えた人です。よくイギリスのテキスタイルデザインやパッケージ等に、植物を中心に美しい彼のパターンデザインが施されています。私はそれだけの人だと思い込んでいました。

先日片山広子さんを調べている中で、ウイリアム・モリスの名がでてきたので、あれ?同一人物だろうかと疑問が起き、先日大学図書館に行った時に調べてみましたら、モリスの全集物が並んでいました。卒業した大学なので、図書カードを利用して1冊借りて帰りの新幹線の中で読むと、もちろん同一人物であり、その描かれている幻想的な作品が詩的で面白くて、いつも帰りは居眠る新幹線の道中がバッチリと1冊読むことができました。ただ残念なのは片山広子さんは彼の作品を翻訳していなかったということですが。

彼は(1834−96)イギリス生まれで、画家であるのはわかりますが、なんと園芸家でもあり、詩人、作家、美術館アドヴァイザー、カリグラファー、古建造物保護運動家、社会主義運動家、自然環境保護推進家、古書収集家、出版・発行人として優れた業績を残している人で、多種多様に活躍した人でした。

彼の生きた19世紀後半のイギリスは、産業革命で近代化の波が世界中に広がった時でした。手工業から機械化による大量生産と大量消費の物質文明が出来上がっていった時代でもあります。自然破壊へも広がっていく思考と行動にモリスは、芸術性が抜けている規格化された工業製品に潤いをもたらそうとしました。彼にとって生活道具は総合芸術という考えがあり、自然と調和!の考えは、今回読んだ彼の小説にも感じられました。誰よりも早く工業化の利便性よりも失うものの大きいことを感じた人といえるかもしれません。
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2009/11/19

茨木の紅葉  自然

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近所の茨木弁天様の紅葉です。ここ数日の寒さで一気に紅葉が進んでいます。桜の紅葉は早くからでもうすでにほとんどが散っていますが、もみじの紅葉はまだまだこれからです。

昨日は東京で学生時代の友人達との勉強会でしたが、一人の作家、翻訳家について調べたことを発表しあって、その作品を読んで話し合っていました。

今効果がないと切り捨てるという仕分け人の早急な結論をテレビで見て、私達は教育や文化ってお金がないと育たないし、人間の品位もきちんとした裏づけや基盤によって積み上がられていく物ではと話していました。根本的な癒着体制を見直したり、議員の数の多さや、その給料の高さなど自らの体質改善が一番と思いますが。

長いスパンで考えて育てるものの存在を、今世界で一番でないから必要かどうかとかいう発言には、ちょっと疑問を持ちました。きっと目先のすぐ効果が出る勉強の仕方をしてきた人達の集団なのだろうなあと!見えていないものの存在が多すぎるでは?!と。

ただお金を使う場面では、国民のお金であるのに、それをどうしても他の事に流用して私腹を肥やす人がいるからおかしくなるのです。なんしてこうも日本人って悪くなったのでしょう!悪用されないで、純粋に次代に残せる物に、気持ちが動くことを祈っています。
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2009/11/16

猫セラピー  日常の暮らし

昨日お知り合いの方々とひとときお話しをしました。お一人の方は満で97歳のお母様とご一緒にお住まいですが、親子して猫好きのようです。長年かわいがっていた猫がなくなった後、昼間一人でお母様が寂しいのではと思って、新しく子猫を飼われました。

ところが子猫は想像が付かないぐらいやんちゃです。箪笥の上に乗って下りてこないのは下りられないからと思って、お母様が台を持って行っておろそうとしたら猫は勝手に下りて、お母様はひっくり返ったそうですが、どこも悪くならなかったのですからそれもすごいです。で、娘は、自分が猫がほしいから、自分に押し付けたとそのお母様は話してられましたが。今では違うようです。

かわいい!かわいい!で、ギュウッと猫を抱きしめたりしているそうです。ところが猫は勝手ですから、それがいやで娘さんが帰ってくると、そちらに一目散に逃げていくそうです。なんともいえない寂しそうな、また娘に負けた悔しい気持ちが混じったような表情をお母様がしていて、かわいそうやなあ!とふと思うと娘さん。

とはいえ、この子猫の登場で、お母様はいろいろありますが、頭は本当にしっかりなさっているようです。留守番がまだできてしっかり話して食べることができるのはありがたいことだと娘さんはお話されていました。娘さんと言っても私と同い年。昨日講演で聞いてきた核家族で、大人の子どもと一人の親とが住む核家族のひとつのタイプです。
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2009/11/15

家族の今  日常の暮らし

昨日卒業した学校の社会福祉学科の方々から、講演会があると誘われて大阪在住の同期の数名で参加させていただきました。内容は『家族を問う』という題名で、神原文子先生のお話でした。

聞くこと聞くことびっくりするような日本の家族の現状でした。また家族を作る以前の若い男女のモラルや意識の低さの現状で、日本は一体どこへ行くのだろうと心配になりました。

こんな話を聞いてきたというと私達以上の年代の方々は、女性が社会進出をして家族を見なくなった、モラルの低下・教育の低下を皆さん発言されますが、実際こういう問題に直面してそのお世話をなさっている方々のお話しですと、この原因を探っているのでは遅くて、むしろ個人がその現状でどう対処して生きるか、社会地域のコミュニティーの連携を進めてられました。それも驚きでした。

核家族が進んでいるかという問題ですが、一昔前ですと、何世代もが一緒に住むかしないかの違いで核家族という言葉があるのかと思いましたが、核家族は半数ぐらいあり、その内容は夫婦のみ、夫婦と未成年の子ども、一人親と大人の子どもです。いわゆる2番目のは減少しつつあって、じわじわと3番目のが増えています。一人親と大人の子供というのは、経済力がない大人の子どもであり、親も年令が高いのも結構あるということです。

また別に単独世帯(ひとり)が年々増加率は大きく、今では4割弱あります。それは結婚年齢が高くなってきていることもあります。その反面できちゃった婚が15歳から24歳で大きく増加しています。

これはまだこの講演の入り口ですが、この現状を聞いただけでも異次元の話のようでした。これだけ聞いても年令が違う世代で反応は様々です。追々にこの家族の問題を載せていきたいと思います。
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