2012/2/9

『あなたに今できること』  文学

犬養道子さんの『あなたに今できること』は、これから福祉関係の仕事で夢を膨らませている女子大学生達に向けての講演記録です。世界の紛争地にも足を運び、難民等の事で奔走された方だからその話には真実味があり、ズバッと物事の本質を突いていく発言は壮快です。この方の講演を聞けた若い女子大生達は現場できっと力を発揮していくことでしょう。私も現場で聞きたかったです。

小さい時に柱にぶつかって柱に文句を言っていたら、母上はぶつかったのはあなたの方で、柱こそ迷惑なことです。とこういう調子で自分中心の考えでなくて、相手の立場に立って物事を考えてみることを躾けられたそうです。最近よその子が悪い事をしていても怒る大人がなくなるだけでなく、おじちゃんに叱られるからやめなさいという母親が多いのですが、三才までに自分と相手、自分の行ったことに責任を持つ躾けや礼節の最初の基礎作りはしておくべきと述べられています。また今は何でもサービスと言って、アナウンスが戸が閉まります、手を挟まないようにお気をつけてください等すべて人に言ってもらって当たり前の事って、無責任さ、自己責任回避、ひいては自分の責任範囲をしっかり把握しないという風潮を培っているある程度突き放して、自分の頭で考えさせる、自分の目で見させる、体験させる、見つめて考える、そして自分で判断する。人に言ってもらってすることがサービスと心得る今の日本は醜いです。と指摘されています。

原子炉を東海村に見に行かれて、あれほど怖いものが人家の2〜300メートル先にある恐ろしさを述べておられました。フランスは原子炉に力を入れているが人家から相当離れた地の涯みたいなところに作っていて、コンクリートの暑い壁で四方を守って、はっきりとドクロの絵が書いてあるそうです。日本では危険物をバケツで運んでいたというので、何時の本かと思ってみると2001年の作です。彼女の言葉に、まず持って水準の低い小さな点から日本を治さないことには日本はとんでもない国になるという結論に私は達しましたから。原発の現状と重ねてこの話はぐっと来ました。また、出る杭は叩かれるという言葉がありますが、叩かれようとも自分が一歩踏み出して、今したほうがよいと思うことをしようとする、するべき事をする、言うべきことを言うことは日本社会では嫌われますが、責任を持って主体性を持ってしていき、もし自分がへまをしたら非を認めることができることは大事だと教えてくださっています。

社会に接していない女性は、今の子どもをよく育てることは決してできないけれど、託児所を利用するのはいいが、不特定多数の子どもを数人が扱うので、一人の所長の下で、同じ色に子どもたちが染まるので、一人ひとりの個性を大事にするためにも託児所に何でもかんでもお任せでいるのではなく、子どもを一人の人間にする一番最初の決め手は時には母親がそばにいないとダメという結論をいろんなケースを上げて示しています。女性の権利、人間としての権利等を絡めながらはっきりテキパキとした言葉はまさに真実をついていると思います。生まれた時から一人ひとり違う個性を持っているので、それを発見し伸ばすのも母親の子育てにかかってきます。悪いことをしたら怒る、礼儀正しさも躾けていく貴重な乳幼児期を大事にして、外国で生きていく人も多くなるのですから世界で恥をかかない、自立していける人間がこれから日本で育っていって欲しいと思います。
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2012/2/6

小町風伝  芸術

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日韓演劇フェスティバルで、大阪の一心寺シアター倶楽で上演された『小町風伝』を同窓生と二人で観劇してきました。すでに初日に同窓生達が何人か行き、現実と夢の世界の小町の姿を演じる主役の河東けいさんの2時間にわたる演劇での静と動を交えた演技と、100歳の小町の声と16歳の乙女盛りの小町の声を使い分けているのに感動してメールで知らせてくれていました。

現実に100歳で醜くなって乞食同然の小町は、医者からあと三日の命と診断されますが、死と向き合いながら、過去の夢を過去の自分と今の自分と、誰かその夢を見ている誰か?違う小町と共有しながら昔の事を思い出します。夢の中では、愛しながら思いを遂げられなかった少将(少尉)とのこと、若い頃は元気はつらつと周りの者達と走り回り生活をしていたことなどが交差していき、現実の老婆の自分に夢の自分が声をかけます。思いを遂げられずに亡くなった少尉と最後には現実の醜くなった自分が出会い、おしっこもウンチもたれるような自分でもいいの?と確かめながら、自分自身が少尉を思っていた愛の告白をして、自分の夢ばかりの死の世界へと旅立ちました。

小町伝説というのはいろんな形で日本には残っているそうです。特に芸能では能にも描かれています。今回は韓国の李潤澤(イ・ユンテク)氏の演出でした。表現に日本のベールで覆ったものでない、直接の人間の恥部も描いているので、初めはびっくりしました。よく韓国の歴史ドラマを見ても、意地悪で人を陥れようとする人々がそんなにもえげつないのか?!と思うほど描かれているのが不思議でしたが、それと似たものが今回の演出にもあるように感じました。これは日本と韓国の文化の差かも知れませんが、それだけ韓国文化の方が現実をしっかりと見ているからではと思います。

李さんの文章に、原作者の大田省吾さんの集中と緊張の演劇性に韓国の『解くことの美学』を染みこませようとしました。・・・・・・沈黙の演技を求める大田省吾さんの書いた珠玉の言葉のすべて舞台の言語として解いていきます。ト書きのまでも全部・・・・・・
パーフォマンスが多彩に織り込まれていて、その演技に登場人物の内面も感じられたことは事実です。また文学として私たちが知る小町の歌も、実は内面はこれほど形のある情の深いものであったかも感じられます。美しき小町も老婆になれば老婆なりの醜い現実があります。若い小町時代では花も蝶もとあるものが・・・しかしその小町も16歳の時には自分の体のコンプレックスを感じてもいました。女とはそんな可愛いらしい自己中心的なものがあるのかもしれません。私は小町という一人の女性を通して、女の一生というか、枯れてまでも生きていかなくてならない、生き恥さえも認めてもらえるような女の一生を、私たちは自分の事として丸ごと受け止めるのだよ!と突きつけられているようにも感じました。
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2012/2/5

赤ちゃんセラピー  日常の暮らし

昨日の朝、義母のところに一緒に娘と孫が来てくれました。子どもが好きで昔幼稚園の先生をした事がある義母は大喜びでした。可愛い!可愛い!と微笑みかけたり、手を触ってニコニコしていました。孫の方は今人見知りも少しあるので最初の間は硬い表情でしたが、じっと泣かずに義母を見つめていて泣くかなあと思いましたが、何をされても平気で見つめているうちに、だんだん表情も柔らかくなりました。

通常は誰が来ても、その人が帰ったら直ぐ忘れてしまう義母ですが、昨晩主人が義母のところに行ったら孫の来訪を覚えていて、かわいらしかった!とニコニコしていたそうです。私が義母と娘と孫の3人の写真を撮っているので、それをプリントしてまた義母のところに届けようと思います。

私は昔から福祉関係に興味があり、施設等を訪問したり専門の方々に説明を受けて見せていただいたことがあります。奈良の方にあるグループホームではゴールデンリトリバーが中庭にいて、お年寄り達に何をされてもお年寄り達の友人になっていたところがありました。私たちがそこを訪問した時には侵入者ということでお年寄りを守ろうとして、ヘルパーさん達に鳴いて知らせていました。犬をなでたり、餌を与えたり、散歩に一緒について行くことでお年寄り達の表情が和んでいるというお話を聞きました。

今回、孫と曾孫の来訪でうれしかったことが、義母にはいい影響を与えているのだと思います。昔は大家族で老いも若きも赤ちゃんも、さらに誰かが病気をしたり亡くなったりということが同じ家の中で繰り返されていたので、常に人間の刺激に満ちていたことと思います。それが自然に人間性の成長に役立っていたことと思います。何といってもこれから自分達の血が流れている可愛い赤ちゃんの存在は良いセラピーになっていると思います。
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2012/2/2

初来阪  日常の暮らし

今週ならこちらの方にやってこれると長女が孫を連れて大阪にやってきました。おばあさんともなるとこのインフルエンザの流行時に新幹線や電車で大丈夫?!と心配の方が先でしたが。

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乗り物では、ぐずらないで無事にやってこれたのはほっとしました。いくら親が気をつけていても赤ちゃんは泣いたり、わめいたりするものですが、ほとんどそういうこともなかったそうです。他の赤ちゃんの泣き声は聞こえたそうで、そういうのを聞くと自分は泣かないとのことです。そういえば二人の娘達も同じようにぐずらなかったので、この孫も娘達同様強くて、多少の事ではピーピーと女の子らしく泣くことはないのでしょう?!

私たちの子育ての時はおんぶが主流でしたが、今は前抱きのダッコ紐で抱かれています。親と顔を合わせながら抱かれるのは良いようですが、親の足元が心配になるのは昔の考えなのでしょう。子育てで区役所や病院で教えられることも昔と違っていて、今はアレルギーの子どもが多いせいか、意外と細かく離乳食でも気をつけているのだと感心します。

というよりも意外と細かいことにこだわらなくても、わが娘達はたくましくアレルギーにも汚染されずによかった!と振り返ってみて思います。それだけ現在は環境汚染もあるでしょうし、人間の体の適応能力も薄れているのでしょうか?!しかしそれだけ研究も進んでいるのでありがたいことでもあります。
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2012/1/30

平戸くんち  文化

昨年度友人と長崎に行った折に、偶然にも平戸でお祭りをしていました。知らないで行って出会えたハプニングでしたが、私たちが行った10月23日は平戸くんちの2日目の最後の日で、10月22〜23日のお祭りでしたが、多分土・日曜日だったのでその辺は年によって変わるのではないかと思います。

亀岡神社は平戸市に鎮座する神社ですが、平戸城本丸跡に鎮座しています。平戸くんちはその亀岡神社の例大祭です。伝統の龍踊りや獅子舞が披露され、平戸神楽は国指定無形民族神楽とされています。私たちはそれには出会うことができませんでしたが、平戸各地から集まっている団体の演奏や踊りを見ることが出来ました。

あの旅の写真を整理しながら、歴史を調べているのですが、1631年に平戸藩主松浦棟が祖霊4柱を平戸城内の霊椿山に祀ったのに始まり(霊椿山神社)、歴代藩主の崇敬を受けて、社殿の修造等一切は藩費を以ってなされる例となりました。明治時代になって、霊椿山、七郎、乙宮、八幡の4つの神社を合祀することになり、明治11年(1878年)に今の社殿を営み、明治13年に各祭神を鎮座し亀岡神社と改称して、平戸の産土神とされています。祭祀として、10月24日から27日の4日間行われる秋の大祭は『平戸くんち』となって様々な行事が行われれているそうですが、日のずれがありました。

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外国文化が行きかった場所だけに中国風、オランダ風衣装を着て踊る人々や、子ども達の太鼓をたたく演奏など、半日位いた平戸ではかくれキリスタンの里、教会、平戸の外国の商館のあとや松浦城主の記念館などを見学する以外に楽しめました。さらに城下町イベントとして、平戸の旬の素材を生かし、食の展示や食事ができる場所を駐車場や路上を利用して設けられていました。物販ブースも設置して、特産物の販売もしていました。

ここを訪れる前日にグラヴァー邸からの帰り道にある資料館で長崎くんちの勇壮なビデオを見ました。次の写真は、会場に飾られていた展示物です。

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長崎くんちは長崎市の諏訪神社の祭礼で、10月7日から9日までの3日間開催されます。国の重要無形民俗文化財に指定されて、ポルトガル、オランダ、中国などの風合いを残したダイナミックな奉納踊りが特色のようです。1634年に神前にて謡曲『小舞』を遊女であった高尾と音羽の二人が奉納したことが始まりとされますが、もともとはキリスト教徒を鎮圧するために長崎奉行・榊原飛騨守の肝煎りで始められたという説があります。当時市民は皆諏訪神社の氏子となるように決められました。それが踏絵だったのかもしれません。今は伝統文化としてその立派な長崎くんちも、始まりを知ると複雑な思いがします。
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2012/1/30

スカーフがら用のエスキース  美術

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長いことスカーフを染色していなかったら、友人の何人かに新しく染めていないの?と聞かれてしまいました。かつては白い布地を前にその時のイメージで染めていたのですが、こう離れているとどうかなあという気があります。

遊びでエスキースを最近は書いているので、スカーフならどうしようという感じでコタツに入って猫をかまいながら2枚描いてみました。昔みたいにドテッとしているのでなくて、線で楚々としたのでもいいかなあと思いながら。ただ線となるとろうけつでは細い線の味わいは難しいので、面をロウでおさえながら線を残していって濃い色を入れようかとか思いながら〜〜。後は色で遊ぶしかないかなあと〜〜。

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2012/1/28

エスキース  美術

昨日は長女のボランティアの演奏会があって、娘の主人の妹さんに子守をしてもらって無事終了したそうです。もうじき第二子を出産のママさんの妹さんは、やはり子守が上手なのでしょう。助かりました。今回私は子守で東京に行かなくても良かったのですが、孫の成長を見るのも内心楽しみでもあるので、演奏会があるというのもいいものです。

お友達になった同じ月生まれの他の赤ちゃんと一緒に並んで写っている写真を見ると、一番小柄な孫ですが、活発そうに足を放り上げています。転がっては違う子の顔のそばに顔を寄せては、泣かされたりと、子どもが何人も寄ると個性があって、もまれていくのもいいものだと思います。

我娘たちが赤ちゃんの時には、こういう経験をさせていなかったので、のんびりしていました。姉妹でも喧嘩することはほとんどなくて、泣いているとしたら姉の方が妹の腕力や訳がわからないしぐさに泣かされていることがほとんどでした。

ご近所の方の話です。お嬢さんが仕事で孫を保育園に預けているのはいいのだけれど、顔に傷があるので、保育園に聞きに行くと、自分のところの孫が最初に手を出して、やられた跡だったわよ!と、あきれているのに出会ったことがあります。子ども同士活発で、お世話をする人は大変だろうなあと思います。

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左の鉛筆画は十字のイメージの連作で、右の鉛筆画は壷のイメージからの連作です。

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2012/1/27

ユリカモメ  日常の暮らし

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京都加茂川を四条の橋から見たところです。ものすごい勢いでユリカモメが飛んでいるので見ると、カメラを構えている女性が餌を与えたようで、うれしそうに集まってきました。餌をもらえると下の川のほうに整列しているかのように落ち着いています。

たまたまこちらは通りがかりで見つけましたが、いつのも光景なのかもしれません。あまりに短時間でユリカモメがやってきて、餌をもらって後は直ぐに川へという行動を見ると、決まった食事作法なのでしょう。

嵐山の大堰川では、餌をやる人のそばに、意外と長くユリカモメが寄ってきてしつこくその辺をぐるぐると飛んでいましたが、ここはあっさりしたものです。そしてユリカモメに対して鳩の遠慮気味な数もですが、姿も・・・ユリカモメの数には圧倒されているようです。

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2012/1/26

ロベール・ドアノー展  美術

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京都の何必館で開催されているフランス人ロベール・ドアノーの写真展を鑑賞してきました。モノクロで、彼が生涯愛したパリの日常に生きる人々を描いている写真でしたが、人々の姿は写真を取られるからポーズをとっているのではなくて、瞬間の表情の面白さや美しさを表現していました。特に子ども達の表情や天真爛漫な遊びの姿は、動いているその瞬間が凍結されたようなほど躍動的で生きていると思いました。このチケットの少女の目は驚いているものですが、目の中に彼女の心の世界が飛び出してきそうです。

パリの町でキスをする男女、恋人達、街路での何気ない人の姿、酒場の女性とか、一流の芸術家も登場するというものですが、彼がどれだけ対象の人を愛して写していたかを感じます。彼は八百屋の親父さんとか、酒場のボーイにも気軽に声をかけられて、パリの下町の人々にとって人のいい写真屋さんだったようです。半身裸の女性の写真を横目で見ている町の男の人は、興味津々の表情なのに、おばさんの表情は汚らわしい!と驚きと怒りの混じった表情をしているものを対比して並べられているのがおかしかったです。

彼はパリ以外には旅行したことがないようで、『伝書鳩が地図を読むことを覚えたらとしたら、きっと方向感覚を失ってしまうだろう。自分にとって大事なことは、大きな好奇心を持ってパリの雑踏の中を自由に歩き回ることだ。』と話し、『自分よりも自分の周りの同時代人と同じリズムで生き、同じストレスを受けている』とも述べています。ドアノーは無名の人々の表情とその風景等に人間の美しさやなんともいえない哀愁を映し出しています。

彼の言葉でいいなあと思ったのは、『私が自分の感動を伝えることができた人々は、地球の果てからでも手紙をくれる。これらのメッセージは、人がその人生の終わりに受けることができる最も高価な報酬であろう。結局のところ、私がこれらの写真を撮り続けてきたのは、こうして新しい友人を、見つけるためだったのかもしれない。』です。
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2012/1/25

石塀小路  文化

今日、主人と法事で京都の大谷御廟へ行く途中で見つけた小路です。私たちの前を歩いていた男性が和装で草履を履いてすたすたと歩いていたのですが、急に曲がったところを見たら、その両側に小料理屋風のお店がいくつも繋がっている小路でした。

奥は行き止まり!ゆるやかな坂を利用して石瓶が写真のように組み合わされています。普通なら人の家の木戸をくぐって入っていくような感じですが、立派な石畳の通りになっているのです。開けていく隠れ場所のような不思議なものを感じました。

税金の高さから間口の狭い家作りで奥行きの深い京都の家については有名ですが、こういう小路にも京都風を感じます。京都は歩いて廻るといろんな物を見つけますが、これも皆京都に住む人の知恵なのだなあと感心します。

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