2008/11/10 22:01
福島〜槻木を阿武隈川沿いに走る阿武隈急行。同区間の東北本線が藤田〜白石の急勾配を抱えるため、貨物輸送力増強を図り計画された路線ですが、国鉄の財政悪化により工事半ばで中断し、第三セクターの阿武隈急行に引き継がれたあと全線開通したのが1988年でした。
全線開業20周年と仙台・宮城DCを兼ねて勝田車両センターの485系K40編成を使用した「ぶらりおとぎ街道号」が運転されました。阿武隈急行線内で485系が運転されるのは今回が最初となりました。

運転初日の11月2日(日)。「アーバン」の初発便で仙台入りしました。
「ぶらりおとぎ街道号」は「リゾートみのり」の発車後に入線となります。

入線を4番ホームから撮影しようとしたところ、到着の719系が先に入線したため断念し、5番線でカメラを構えます。5番線ではこの列車に乗車する愛子の住人さんと会いました。

入線から発車までの時間が短かったですが、何とかヘッドマークを撮影できました。切り絵を思わせるデザインです。
槻木までは全車指定席なので指定された8号車へ乗車します。4両編成であるにもかかわらず号車番号は「7」〜「10」となっていますが、勝田にもう1本在籍する485系が6両編成なので、併結運用を行った場合を考慮したものと思われます。ホームを歩いていたら、これまたこの列車に乗車するTamjunさん一家4名と会いました。愛子の住人さん・Tamjunさんとも10号車とのことでした。
車内は7〜8割ほどの乗車率でした。さすがに過密ダイヤの仙台周辺では思うように速度が伸びずやや消化不良気味のところで槻木に到着しました。
自分も10号車の愛子の住人さんの席の近くへ移動しました。Tamjunさん一家は通路を挟んで反対側でした。
槻木を発車してまもなく東船岡で運転停車しましたが、対向列車遅れのためしばらく停車していました。

角田では9分停車の予定ですが、遅れのため到着時点ですでに発車時刻でした。しかしながら、地元特産のジュースの振る舞いがあったことから遅れはそれほど変わらずというところでした。

丸森では駅舎に「むすび丸」が待機していました。こちらはゆっくりと首を左右に振るギミック付でした。

丸森の駅名標は、蔵の郷土館・齋理屋敷の最寄駅を意味してか蔵をイメージした形でした。

仙台では撮影できなかった編成写真をようやく撮影できました。仙台方先頭の10号車は半室グリーンとなっていますが、グリーン席はスタッフの控え室として使用されていました。

あぶくま・やながわ希望の森公園前・梁川と停車し、保原に到着しました。ここの駅名標は名産の桃をイメージしたものでした。

福島に到着しました。阿武隈急行のホームは1本しかないことからJRの1番線に到着しました。
ここでTamjunさん一家・愛子の住人さんと別れて、さきほど、瀬上付近でカメラを構えていたあべくまさんに合流するため定期列車で瀬上まで移動しました。

瀬上駅のそばにこのようなガードがありました。大抵の乗用車は通過できますが、それでも通過時は冷や汗ものでした。



午前中は快晴でしたが、仙台行きの「ぶらりおとぎ街道号」が通過する頃は晴れたり曇ったりと不安定な天候でした。とはいえ、晩秋のこの時期、沿線では名産の安保柿がオレンジ色の実をたわわに実らせていました。
上から福島学院前〜瀬上/二井田〜新田/富野〜兜

富野で「ぶらりおとぎ街道号」の撮影は終了しました。あべくまさんの案内でやながわ希望の森公園のSL「さくら1号」をやはり安保柿と絡めて撮影しました。

そのあと、梁川まで移動し、JRから譲渡された417系を見に行きました。上手い具合に(?)撮影しやすい場所に留置されていました。
梁川駅であべくまさんと別れて、定期列車で槻木のりかえ仙台まで移動しました。
※この記事はあべくまさんの「あべくま日記:ぶらりおとぎ街道号」のトラックバックとしました。
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全線開業20周年と仙台・宮城DCを兼ねて勝田車両センターの485系K40編成を使用した「ぶらりおとぎ街道号」が運転されました。阿武隈急行線内で485系が運転されるのは今回が最初となりました。

運転初日の11月2日(日)。「アーバン」の初発便で仙台入りしました。
「ぶらりおとぎ街道号」は「リゾートみのり」の発車後に入線となります。

入線を4番ホームから撮影しようとしたところ、到着の719系が先に入線したため断念し、5番線でカメラを構えます。5番線ではこの列車に乗車する愛子の住人さんと会いました。

入線から発車までの時間が短かったですが、何とかヘッドマークを撮影できました。切り絵を思わせるデザインです。
槻木までは全車指定席なので指定された8号車へ乗車します。4両編成であるにもかかわらず号車番号は「7」〜「10」となっていますが、勝田にもう1本在籍する485系が6両編成なので、併結運用を行った場合を考慮したものと思われます。ホームを歩いていたら、これまたこの列車に乗車するTamjunさん一家4名と会いました。愛子の住人さん・Tamjunさんとも10号車とのことでした。
車内は7〜8割ほどの乗車率でした。さすがに過密ダイヤの仙台周辺では思うように速度が伸びずやや消化不良気味のところで槻木に到着しました。
自分も10号車の愛子の住人さんの席の近くへ移動しました。Tamjunさん一家は通路を挟んで反対側でした。
槻木を発車してまもなく東船岡で運転停車しましたが、対向列車遅れのためしばらく停車していました。

角田では9分停車の予定ですが、遅れのため到着時点ですでに発車時刻でした。しかしながら、地元特産のジュースの振る舞いがあったことから遅れはそれほど変わらずというところでした。

丸森では駅舎に「むすび丸」が待機していました。こちらはゆっくりと首を左右に振るギミック付でした。

丸森の駅名標は、蔵の郷土館・齋理屋敷の最寄駅を意味してか蔵をイメージした形でした。

仙台では撮影できなかった編成写真をようやく撮影できました。仙台方先頭の10号車は半室グリーンとなっていますが、グリーン席はスタッフの控え室として使用されていました。

あぶくま・やながわ希望の森公園前・梁川と停車し、保原に到着しました。ここの駅名標は名産の桃をイメージしたものでした。

福島に到着しました。阿武隈急行のホームは1本しかないことからJRの1番線に到着しました。
ここでTamjunさん一家・愛子の住人さんと別れて、さきほど、瀬上付近でカメラを構えていたあべくまさんに合流するため定期列車で瀬上まで移動しました。

瀬上駅のそばにこのようなガードがありました。大抵の乗用車は通過できますが、それでも通過時は冷や汗ものでした。



午前中は快晴でしたが、仙台行きの「ぶらりおとぎ街道号」が通過する頃は晴れたり曇ったりと不安定な天候でした。とはいえ、晩秋のこの時期、沿線では名産の安保柿がオレンジ色の実をたわわに実らせていました。
上から福島学院前〜瀬上/二井田〜新田/富野〜兜

富野で「ぶらりおとぎ街道号」の撮影は終了しました。あべくまさんの案内でやながわ希望の森公園のSL「さくら1号」をやはり安保柿と絡めて撮影しました。

そのあと、梁川まで移動し、JRから譲渡された417系を見に行きました。上手い具合に(?)撮影しやすい場所に留置されていました。
梁川駅であべくまさんと別れて、定期列車で槻木のりかえ仙台まで移動しました。
※この記事はあべくまさんの「あべくま日記:ぶらりおとぎ街道号」のトラックバックとしました。
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投稿者:左党89号

