前日の天気予報では「曇り一時雨」という予報であった置賜地方(米沢・南陽周辺)ですが、起きてみたところ薄日が差していました。天気予報も修正され「雨」の言葉は消えていました。(その代わり予想最高気温も21℃→26℃となっていますが…)

ホテルをチェックアウトして、米沢から米坂線沿いに市街地をはずれ、成島駅の近くへと移動しました。朝8〜9時台は立て続けに3本の上り列車が運転されることからその撮影のためです。最初は羽前椿発の1124Dでキハ47 511+キハ52 120の編成でした。キハ47の寒地向け500番台のうち501〜510は四国や九州へ転属したことから511は新潟残存組のトップナンバーです。

続いても羽前椿発の1126D。キハ471513+キハ52 127の編成でした。キハ52 127は以前盛岡や一ノ関にも在籍していた車両でした。

坂町発の始発列車でもある1128Dまで時間があったので少し市街地に近づいた西米沢〜中郡へ移動。新津のキハ58で唯一の新潟色となったキハ58 677とキハ40 583の編成でした。

次の列車は以前は「べにばな1号」として新潟まで運転されていたのですが、編成の短縮、羽越線部分の電車化、米坂線内の各駅停車化により現在は普通列車1129Dとなっています。しかしながら3連の編成は変わりません。西米沢駅のホームで構えたところ、バックには吾妻連峰をうっすらと望むことができます。
30分遅れで現れた1129Dでここでの撮影は終了。R121大峠道路を経由して会津若松へ向かいます。連休を利用したドライブの車やツーリングのライダー集団も結構目撃します。

会津若松駅構内の駐車場に車を停めてホームへ入ります。「ばんえつ物語号」の到着の撮影です。C57は昨年の運転時に好評を得た門デフを装備していました。

月替わりのヘッドマークは五月人形バージョンですが「おかげさまで50万人達成」の文字も添えられていました。

会津若松からは会津鉄道2319Dに乗車しました。会津鉄道は今まで乗車したことがなかったので初乗車にもなります。交換待ちで停車した会津下郷で2319Dの後追い撮影をしました。野口英世の母・シカが英世に当てた手紙の文面をラッピングにした「ふるさと列車」AT-551(先頭・奥)+AT-501の編成でした。

会津田島に到着しました。浅草から野岩鉄道を経由してきた東武6050系も乗り入れるので構内の一部には架線も張られています。到着した153Mは会津鉄道所有の編成でした。

構内のはずれでは「AIZUマウントエクスプレス」用の中間車キハ8555が留置されていました。名鉄で「北アルプス」用として登場したものの10年で廃止となりその後会津鉄道に譲渡されたのですが、会津鉄道でも多客期の増結運用ということで使用機会が少なかったようです。(2007-3-31付廃車)

会津田島駅の脇にはC11 254が保存されています。門デフを装着していたのであべくまさん(
お気楽鉄ちゃんの館)に聞いてみたところ、松浦線から転入してきた機関車で、やはり現役時代も門デフ付きで人気があったとのこと。

会津若松への戻りは「AIZUマウントエクスプレス」です。もちろん先頭車両ですが、お目当ての最前列席は他の人が座っていました。(写真は交換待ちで停車した門田で撮影)

かやぶき屋根の駅舎が特徴の湯野上温泉で3123D「AIZU尾瀬エクスプレス」と交換しました。この列車限定運用のAT-601+AT-651の編成でした。
会津若松に到着して駅前のホテルにチェックインしましたが、前日同様夜も駅構内の撮影に出ていました。