2001年巨人D2位
鴨志田 貴司(水戸短大附)投手
蔵の入団前の評価:☆☆☆
(入団前は)
大きく振りかぶりながらも、意外にテークバックは小さく腕も下がり気味なフォーム。純粋なオーバースローと言うよりは、ややスリークオーター的で体の開きがあり、下半身の使い方も未完成なタイプのフォーム。
やはり以前も指摘したのだが、腕が体から離れて出てきたり、球を押し出すようにカーブを投げるなど根本的にカーブに関しては今のままでは上では使える代物ではないだろう。むしろ腕をやや下げ気味に出すフォームだし、肘の曲がりも良いタイプとは言えない。腕を鋭く振るスライダーには良さがあるので、複数のタイプのスライダーを覚える方が、将来的には良いと思われる。
速球に関しては、まだまだ良い球と悪い球のバラツキが目立つ。またフォームや体の使い方に、まだまだ課題があるためか、球速ほどにはとても見えないと言った点も確か。葛生戦の8回の映像を見てもほとんどスライダー頼りの投球だったのだが、このイニングに関しては速球の威力もあり、低めにズバッと決まっている速球を観ると145キロ級の威力の球速に確かにある。しかしながらまだ球質や比較的見やすい開き気味のフォームのために、これがだけの球速誇っていても、結構高校レベルでも痛打されてしまうには、こういう理由があるからだと思われる。
彼は、根本的に本格派なので立ち上がりが悪く、イニングを重ねるごとに球速やその内容を増してゆくタイプの投手のようだ。だから彼の良さを観ようと思うと、終盤の方が持ち味が出ている気がする。腕の使い方や体重移動などや下半身の使い方に正直あまりセンスを感じないし、現時点ではまだまだ未熟だと言わざる得ない。しかしながらそう言うセンスこそ感じないタイプなのだが、非常に体に強さがあるタイプで、時間をかければ大きく伸びる要素は確かに期待できそうな気がする。
必ずものになるタイプかと言われると育成は難しいタイプの部類に入ると思うし、センスよりも純粋な素材型なのだろう。ただ残念なのは春の大会で持てる能力を使いきってしまい、夏にはその影響から能力を出し切れないで終わった点ではないのだろうか。東の鴨志田、西の寺原と言われた春の勢力図も、夏にはずいぶん差がつけられた印象。しかし今回あえてベストと思われる投球に絞って観たところ、彼の可能性を再度垣間見れ、少し私自身の中での彼に対する評価が上がった気がする。将来うまく育てば、やはり150キロ級の速球とスライダーを武器に、課題を克服し活躍する可能性もあるのかな?と言う気持ちにさせてくれた。
(玉石混淆では)
「西の寺原、東の鴨志田」と評された東日本最速投手。この投手の最大の良さも、身体に強さがあり、まだまだ伸びる要素のある肉体面だろう。
その一方で肘が下がり、開き気味のスリークオーターに近いフォームで、球速表示より遅く見える球質の悪さも目にゆくし、スライダーには良さがあるが、カーブ、フォーク系の修得には苦労しそうな逸材だ。
非常に
課題の多い素材だし、大成するのは微妙な上に時間は結構かかると思われる。ただし、化ければ大きそうなタイプなので、速球とスライダーと言う長所を磨いて欲しい。そのためには、3,4年はファームでじっくり育成することが望まれる。
1年目は、ファームでもプロのレベルの高さに泣かされる可能性も高いが、一気に化ける可能性も秘めている。指導者に恵まれ、しっかり育成されれば面白い存在でもある。
今の巨人には、中途半端なまとまり型よりも、こういう化ければ大きなタイプの指名の方が向いているだろう。1年目は、数字らしい数字は残せないかもしれないが、焦らずその可能性に磨きをかけてもらいたい。150キロ以上の速球でセリーグを盛り上げる逸材に育って欲しいものだ。
楽天
(プロ入り後)
<巨人>
02年 0ポイント 3試合 0勝0敗1S 防御率 0.00
03年 1ポイント 11試合 0勝2敗0S 防御率 11.70
04年 0ポイント 2試合 0勝0敗0S 防御率 4.50
05年 0ポイント 5試合 0勝0敗0S 防御率 5.14
06年 1ポイント 13試合 0勝0敗0S 防御率 6.08
07年 0ポイント 一軍登板なし
<オリックス>
08年 0ポイント 1試合 0勝1敗0S 防御率 16.20
09年 0ポイント 6試合 0勝0敗0S 防御率 10.13
通算 2ポイント 平均 0.3ポイント
毎年一軍での結果を残せないものの、07年を除けば、毎年一軍での登板を果たし、チャンスをもらっている。それだけ周囲の期待を抱かせるものがあり、ファームでの実績は残しているのだろう。ただこれだけプロで投げても、まだ25歳なのかと改めて思い知らされる。
(蔵の印象)
私の評価に対し、初めてまとまった反発を世間から受けた事件として、私のネット歴を語る上で
「鴨志田事件」と位置づけている思い出深い選手。これ以来、どうも茨城の高校野球関係者からは、受けが悪いように思えるのは気のせいだろうか(笑)。
しかし周囲の状況に流されず、自分の評価を貫けたことは、今後の私の活動の確信となって今に至っている。あれから8年の月日が経ち、大まか私の言っていたことがご理解頂けたのではないかと思うのだ。
それでも当時は、☆☆☆を付けている。今よりも評価が遙かに甘かった頃の☆印だったので、今ならきっと☆か☆☆程度の評価しか下さなかったとも思うのだが、それでも周りの評価・勢いに多少押された上での評価だったことも否定出来ない。こういった経験を少しずつ積み重ねることで、自分の意見を貫くこと、信じることの大切さを少しずつ学んでいったことは確か。そのきっかけを作ってくれた選手として、迷スカウト至上の中でも、非常に思い出深い選手となった。
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