「00年 オリックス7位 北川 智規(横浜国大)投手」
オリックス
2000年 オリックス7位
北川 智規(横浜国大)投手
蔵の評価:指名見送り
(アマチュア時代)
日米大学野球メンバ−に選出された頭脳派右腕。制球力と巧さが自慢のサイドスロ−で、腕の振りが速いのが特徴。135キロぐらいの速球は、キレより球威のあるタイプ。カ−ブ、スライダ−などを投げ、右打者の外角に投げ込む速球には威力がある。投球は外角中心で、制球も意外にアバウト。頭脳派と呼ばれるほどの投球術でもない。イニングが進むにつれ、球威、テンポを増してくるなどの特徴がある。
(玉石混淆では)
確かに神奈川リ−グでは抜けた存在だが、クレバ−と言われる投球術や制球力は上のレベルを意識するには未熟な感は否めない。
本格的な指導を受けていないだろうから、まだまだ伸びしろもあるのかもしれないが、プロで通用するには身につけないといけないことも多いだろう。
ファ−ムで数年の育成期間が必要だし、現時点ではファ−ムでも実績を残すのは1年目は難しいかもしれない。
(プロ入り後の成績)
2001年 0ポイント 7試合 0勝1敗0S 防御率 3.66
2002年 0ポイント 4試合 0勝3敗0S 防御率 4.22
2003年 1ポイント 10試合 1勝1敗0S 防御率 7.43
2004年 0ポイント 4試合 0勝0敗0S 防御率 15.75
通算 1ポイント 平均0.25ポイント
正直、一年目から一軍での登板機会に恵まれるとは、思っていなかった。それもソコソコの数字に収まっていたことは、当時ええ〜と思ったものだ。
(蔵の印象)
この成績を、どう評価するのかは意見が別れるところだろう。ただ毎年一軍での登板に恵まれるなど、、全く箸にも棒にもと云う程ではなかったことが伺われる。
ただ彼のように130キロ台の見栄えのしなかった投手が、ここまでの登板機会に恵まれたのは、ファームでそれなりの数字を残していたからではないのだろうか。逆にその能力の割に、僅か4年で現役を引退したのは、見た目の派手さがなく、首脳陣に受け難いタイプだったのも影響したのかもしれない。そう考えると、活かし方では、もう少し一軍でも数字を残せたかな?と云う気も今ならする。
ただ今でも、彼はプロ入りする程の力はなかったと思う。ただ彼のような高学歴選手の場合、はたして社会人に進んでモチベーションを維持出来たかは疑問の部分もあり、こういった指名もありなのかな?と思える部分もあるのだが・・・。