子供は前に出て、それっと掛け声で30人くらいの子供がまず紅白のもちを拾いました。
その後、大人も交えてのもちひろいです。
09年11月3日(祝日)午前11時から高知城すべり山の現地で「高知城北曲輪・国史跡追加指定の祝賀会」が持たれました。
マンション建設予定の高知城郭の西曲輪(くるわ)に続き北曲輪でも遂に高知県が穴吹工務店から丸の内2丁目高知城北・旧土佐荘跡地を買い取りました。
幕末には武器庫が建っていたところです。
高知城と景観を守る会や地元丸の内や大川筋の町内会会長などの祝言が相次ぎ 事務局長の(高知城北・土佐荘跡を穴吹工務店より買い戻す有志の会)千葉悦子さんが、経過を詳しく話しました。
誰が一生懸命にやったか、結果を残せたかといいますと町内会や、息が続く限りやりぬくと誓った方々のことがまず浮かび上がります。
今日、祝辞を贈った県知事や前高知県文化財課課長もまずまずです。県議会も決議で応えてくれました。
穴吹工務店も県の説得に応じて撤退、2007年の9月には着工をすると偉い剣幕でしたが、労働者はそのまま鷹匠マンション工事現場に振り替えてJRから買った敷地は明け渡しました。
ところが高知市長は動かず、高知市議会は一票差で否決、5対5で可否同数のところ議長を務めた公明党の方の一票で史跡として保存をする案は潰れました。
国が2億を出して買い戻すことになった今、高知市のぬるい対応は顰蹙ものです。
文化財課課長には辞めろとか怒号が飛び交ったこともありましたが、課長もやることはやったのです。戦い終わってみるとやりあっても信頼関係は出来ていて、信用を下げたのは一人・高知市だったのです。

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