15日の高知新聞「新聞を読んで」欄に南国市在住の池田あけみさんという若いコピーライターの方が、はりまや橋は江戸時代からずっと生活道路だったから、それを日本三大ガッカリ名所と言われても困ると書かれている。
生活道路であるという押さえ込みは賛成だ。
堀川の橋上に住宅や商店が載っていた生活道路であり、生活実感あふれるほうが余程、観光に供せられたのにと思う。
ところが近世になり赤く欄干を塗り、ギボシを付け、「買うを見た」のよさこい節を巷に流し、戦後期にペギー葉山が「南国土佐を後にして」を歌うに至っては、はりまや橋を観光地として売りに売りまくったと言える。
ことここに至ってはバッシングされても致し方ないように思う。
問題はがっかりの上にがっかり駐車場やがっかり空き地や、がっかり港や、がっかり駅を作り続けていることにある。
私の案は、橋と言えば川だから、はりまや橋の下に堀川をめぐらせる、同じくはりまや橋観光駐車場も堀川に戻す、という案である。
観光対象の堀川を埋めて観光駐車場にしたなんて洒落がきつきにすぎる。
ただ、はりまや橋界隈の埋め立てから50年近くもたっているからあわてないでそれぐらい時間をかけてもいいと思うし、駐車場の方もとりあえずは屋根やトイレもあることだから生活市にしてはどうだろうか。

2