2008年7月3日、今日で982話。
世に言う「高知遺産」の一つである新堀川は文字通り『高知遺産』ではありますが、周辺と連携する運動が各界の方々と触れ合う中で、街づくりの中の新堀川として押さえ込んでゆこうという方向付けができてきたように思います。
それがまた、新堀川を残したい、生活に根ざして存在した300年余りを経てもなお、今を生きぬく堀川であるという思いをこみ上げらせるものであります。
浦戸湾を守る会は新堀川をはるかに遡る江の口川上流域の旭川から、湾口の高知新港、当時は高知外洋港といわれたのですが、その港が入口にオデキのように建設された地点まで、川と暮らしをトータルに語り継いできました。
新堀川と構築物を、生活遺産や産業遺産としてとらえる有様は変りませんが、今日をより力強く豊かに生き抜くこととして、高知おこし(興産)の新堀川とブログ名を私は改めました。
『高知おこし 新堀川』はこれからも、更新を続けていきますのでよろしくお願い申し上げます。