新堀川に至近のはりまや橋が日本の三大がっかり名所として知られて久しい。
繕う為にカラクリ時計を隣のビルに付けてみたりしているのだが、これまでは何かをつけ加えることで汚名挽回をしようとしてきたきらいがある。
人気のない市民文化施設「かるぽーと」や、閑散とした堀川埋め立て地のバス発着場。
それらも皆、繕いを「する」ことではりまや橋界隈の活況を呈しようとした施策だった。
ここに来て俄かに騒々しくなったのが、電車が十文字に行き交うはりま屋橋交叉点の角にあるデパート跡地を公的に取得せよとの意見だ。
それも人工物の何かを加える従来の行政の延長にあるのだろうか。
「パチンコ屋ができる」、県下随一の立地にパチンコ屋とはあんまりじゃないかと世論も沸いた。
だが、県にも高知市にも財源はない。
行き着いた選択がパチンコ屋とはがっかりには違いは無いが、容易に手は出せない買い物。子供がむずかってもお金が無ければおもちゃを買ってやれないのと一緒だ。
ここは加えるのではなく、引いて考えてはどうだろうか。
駐車場をかまえなければいけないパチンコ屋にとって、はりまや十字路脇の立地がそれ程魅力的だろうか。敷地は思ったよりも広くはない。
業者の案では複合的な商業ビルのようだが、そこで商売をするのはいけないことではない。
これまで行政は散々、贋物の箱物を作ることに血眼になってきたが、引いて考えると次のようになる。
はりまや橋の不評は橋下に川が無いからと考えられる。それなら川を掘り起こして本物の水辺空間を作り、観光客を呼び入れる手立てをすればいい。
歴史の濃いところだからボランテイアをかってでた市民の説明が観光客に行き届けば、何かの箱物を作るという手間は要らない。
龍馬ばかりでなく歴史の語り部を市民がひきうけ、多くの志士が生まれ、活躍した一帯がはりまや橋界隈を語ることである。
新堀川界隈の近縁と重なり合えば、深みのある観光スポットが駅の近くに展開することが出来ると思う。
はりま屋交叉点のパチンコ屋出現を騒ぎ論じるのではなく、面としてのはりまや界隈の効能をを今こそ考えるときだ。

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