大連落語会その2
いよいよ大連志らく大独演会。
客は250人。場所はホテルフリマのパーティ会場。
まず日本人商工会の三浦さんが挨拶。昨日志らく師匠と食事会をしたが師匠はほとんど喋らず、かわりに立川企画の社長さんが喋っていました。まるで彼が落語家のようでした、云々といった挨拶。私は本当は物凄く喋るのである。
しかし大連について休息なしに方々廻ったからくたびれていたのだ。それにうちの社長がまるで自分のパーティのように喋るから私はひいてしまったのだ。社長がいるといつもこうなる。主催者の人もだんだん社長の機嫌を伺うようになり、気がつくと社長の接待になっているのだ。社長があれが食いたいこれが食いたいと言い出し、あそこの店に行きたいと騒ぐ。本当は主である芸人の私がわがままをいってマネージャーが影で謝るのが本当なのにね。とってもくたびれます。私ももう20年以上も落語家をやっているのだからそろそろ接待されたい。わがままをいいたいです。
大連のロシア人街に次の日行ったのだが、そこだって社長が行きたいと言い出した。で、行くと、接待側の人は皆、社長のあとをぞろぞろとついて歩くのだ。試しに私が集団からはずれてみたが、誰もついてこない。私が主役なのに。ついてきたのは一琴だけ。弟子の志ららまで社長のあとについてく。意味がわかりません。
で、落語会。弟子の志ららが「壷算」。どうもこいつは素人口調だな。つづいて一琴が「初天神」。笑いが起こる。一琴の落語、近頃面白い。芝居の影響であろう。ただマクラの時、普段通り喋ればいいのにと思う。そこが落語協会的なのだ。売れている人は皆、自分の口調で喋っているよ。
そして私。「松竹梅」。受けているのだが、どうも調子が悪い。というか中国だと意識しすぎ。
休憩をはさんで一琴の紙きり。中国人には器用な人が多いから紙きりなんか馬鹿にされるのではと不安がる一琴。それに対し、きっと曲芸をしながら紙をきる奴が中国にはいるなと勇気づける私。プレッシャかかりまくりの一琴。
でも一琴の紙きり、大うけ。
最後に私の「芝浜」。「文七元結」の予定が急に気が変わる。中国の大晦日が2月。で、ここは港町だから「芝浜」がいいと思ってしまった。
かなりシンプルな「芝浜」に。この程度の「芝浜」ならば談春兄さんや花緑がやれば充分。金への執着も狂気も出ない「芝浜」。
落語は己のテンションによって大いに変わるから厄介です。
落語会が終わり、打ち上げに。夜が遅いので普通の店はやっておらず、女の子がつく店しかないのでどうしましょうと主催者の保科さん。すると社長がカラオケボックスに行って料理を頼もうと言い出す。そして落語で草臥れ果てている私に向かって「お前の歌が聴きたいな」ときた。私は一曲2万円ならば唄いますと怒る。一琴は「カラオケボックスにいくということは立川企画の仕事ととらえてよろしいのですね」とすごむ。怯える社長。誰も一琴に歌えとは言っていないのだが・・・。
結局、日本料理屋に行くことに。
うどんを食べる。関西風で美味かった。更に鰻を注文。よくスーパーで中国産の鰻、売っていますよね。まずくて安いやつ。本場で中国産を食べたらどうなるだろうと注文してみた。いけます。美味かった。どうやら輸入してくる間にまずくなっていたようだ。本当かね。浜松の鰻を中国に輸入したらまずくなるか?まあいい。
ここの店は美味いと調子にのってにぎり寿司を注文。するとこれがシャリが甘いのだ。ケーキみたいな寿司。中国人は甘いもの好きなのです。冷たいお茶も甘いのです。甘味料抜きのお茶が販売されたのは最近のことらしい。そういえば肉まんも甘かった。そのくせ本来甘いべきスイカが甘くなかった。みかんがザー菜の匂いがしたんですが・・・。
ホテルに戻るとエレベーターのところに怪しげな女が二人。エレベーターの中で「お兄さん、日本人?かっこいいね」と話しかけてきた。マッサージ嬢である。断っても部屋までついて来た。どうにか追い払ったのだが、ひとりはおばさん、ひとりは可愛い子であった。部屋に入り、もしもあの二人にマッサージを受けることになったら、俺が若い子でお前がおばさんだからねと言うと、一琴、あたふたしていた。
明日の晩、またマッサージ嬢に遭遇したら、今度は二人手をつないで部屋に入ろうと作戦を練る。あるいは「もうすんだよ」。しかし異国の地にきてそういった遊びを一切しない我々は健全ではあるが、芸人としてどうなのかとも思う。
そういえば、社長が言っていた。そういった女の接待は今回はないからな、と。じゃあ、いつもはあるんだな!としょっちゅう大連に遊びに行っている社長をせめてやった。
次の日は一日観光。そこで一琴が実に馬鹿な失敗をするのであった。続く。

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