午前1時、私は帰りの車の座席にいる。
未解決の事件が幾つも重なっていたのが、重要な手がかりが出て来たり、第一発見者が実は犯人だったり、まあ、良い事は続くものなのだな。
よって今日の私は、すごぶる機嫌が良い。
しかし、それも家に着く寸前までの話しだが・・・
ふと窓の外に目を遣ると、大通りから細い路地に入った場所が見える。
段々と見慣れた建物が増えてきた。
と同時に、私の顔の筋肉が強張ってくる。
公用車がゆっくりと停まる。停まったのを確認すると、運転手が私の横のドアを開けに来た。
「管理官、到着しました!」
「ん、御苦労だった。」
と、開かれたドアから足を出すまさにその時、
「けんちゃあ〜〜〜〜ん♪♪♪おかえりなっさあ〜〜〜い♪♪♪」
とある邸宅から、壊れたラッパのような音声が耳に入って来た。
私はその音声を聴くと、どうしても足を引っ込めたくなる衝動に駆られる。
運転手も運転席に戻りたいのか、後部座席のドアのレバーに手をかけていた。
しかし時既に遅し。
そんな行動を見透かしたように、音声の主はいつの間にか私の目の前に立って、にっこり微笑んでいた。
「けんちゃあ〜ん♪寒かったでしょオ?早くお家に入ってお夕飯 一緒に食べましょ♪」
彼女は、私の腕を掴み、私を車から出すと運転手に一言、
「今日もけんちゃんを無事に送ってくれてありがとうございましたぁ♪」
と、軽快に言った。
それを聞くと、運転手は妙な顔になって、挨拶もそこそこに慌てて公用車に乗り、その場を去って行った。あれはきっと笑いたかったのだろう。
いつもながら、玄関までの距離が長く感じられる。
側に音声の主の母親がいると思うと・・・・余計に長く、足取りも重い・・・。
扉を開き靴を脱ぐと、後ろから扉を閉めカギを閉める音がした。
「お父さんは帰っているんですか?」
「そうなのよ〜、今日は会議が早く終わったんですって♪」
「そうですか。」
「パパも、けんちゃんが帰るのを、お夕飯も食べずに待ってるのよ♪」
私の思考回路が、一瞬全ての動きを止めた。
「・・何故私を待っているのですか?」
すると母親は私の靴を揃え、不可思議な顔をしてこう言い放った。
「だってパパがね、けんちゃんと最近ちっとも会ってないからって、けんちゃんとお夕飯一緒に食べたいってごねちゃったのよ♪」
私は絶句した。眩暈までする。
・・・・今、深夜1時だぞ・・・・・。
やっとの思いで口から出て来たのは、
「・・・いい歳して、息子と食べたいってごねますか?」
至って普通の疑問詞であった。
だが、返って来た台詞は、
「でもぉ、パパがごねてるのは事実なのぉ〜。」
という、大変認めたくない答えである。
私は、その台詞で気力を削がれた。
・・・もうダメだ、これ以上問答を繰り返せない・・・・。
自室に向かおうと鞄を持ち直し、スリッパを心持ち急いで履き、2〜3歩ふんだその時、食堂から、新聞を手にし、ガウンを着た威風堂々とした人物が出て来て、私の前に立ち塞がった。
「けんぼー、帰ったなら帰ったで挨拶ぐらいしてくれよぉ。」
「・・お父さん・・只今帰りました・・・」
「腹、減ってるだろう?皆で一緒に食べよう♪ママ、用意をしておくれ。」
「は〜〜〜い♪けんちゃん、さっさとお着替えしてきてね♪ほら、パパも、ちゃんと席に着いてぇ。」
ぱたぱたと玄関からキッチンへ入って行く母親と、食堂に戻る父親に向かって、私は勇気を持って一言言ってやった。
「私は・・夕飯は食べて参りましたので要りません。疲れているのでもう休みます。」
一瞬の沈黙が、その場を襲う。
しかし、長年彼らと生活を共にしてきた私でも、その後の事態の顛末は予想だにしなかった。
2人は同時に、そろそろと私に歩み寄って来て、けん制攻撃をしかけてきたのだ。
「なぁぁ〜〜んで、そ〜ゆ〜事言う子になっちゃったのぉ?けんちゃぁ〜ん。ママ悲しいわぁ。」
「けんぼ〜〜、お前が忙しいの解ってるがな、たまにはパパと話したいとは思わないのか?あんまりパパとママを悲しませないでくれよぉ。」
「折角、今日は早く帰れそうだって聞いて、けんちゃんの大好きなハンバーグにしたのにぃぃ。」
「そうだぞ〜〜。事件が無事解決したので、早く帰宅できそうだって聞いたから、待ってたんだぞ〜〜」
・・・・・ちょっと待て。
2人に向き直って、ひとつ深呼吸をする。
「私が早く帰れそうだとか帰宅できそうだとか、誰から聞きましたか?」
私は、勤めて平静を装って聞いた。
すると2人は顔を見合わせ、同時に笑顔で、
「島津さん♪♪お電話頂いたんだ♪」 (パパ)
頂いたのよ♪」 (ママ)
頭が痛くなってきた。
・・・・・何て事だ、いつの間にうちに連絡していたんだ・・・
・・・?!明日事情聴取しなければ・・・・。
眩暈までしてきたぞ。足下がふらつく。早く部屋で頭と体を休めなければ・・。
「やだぁ、けんちゃん、風邪引いたのぉ?無理しちゃダメっていっつも言ってるでしょオ?」
「栄養をもっと取らなきゃダメだぞ〜けんぼ〜」
「けんちゃんってば〜」「けんぼ〜〜?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
プチっ!
私の中で何かが切れた。それは、堪忍袋の尾というヤツかもしれない。
「もお〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!いい加減にして下さい!!!!!二人とも!!!私がここに帰ろうが帰るまいがどこで食事を取ろうが、勝手でしょう!!いつまで子供扱いするんですか!!大体何ですか、その呼び方!!私は33歳です!!けんぼーだのけんちゃんだのという呼び方はいい加減辞めて頂きたい!!!いいですね!!」
私はそう言い放った後、呼吸を整えながら2人の様子を伺った。
・・・・・・言い過ぎたか?
すると、私の言葉などまるで意に介していないように、母親が口を開いた。
「でも、けんちゃんはけんちゃんよ?」
それに続けて父親も口を開き、こう言った。
「けんぼーはけんぼーのまんまだぞ♪けんぼー。」
ハァ・・・・
溜息しか出てこない。
私の頭の中は、一瞬にしてこんな言葉で埋まってしまった。
『何故この2人が私の両親なんだ?!!』
「・・それで、今日のメニューは何ですか?お母さん?」
私は脱力し、仕方なく食卓の自分の席に着いた。
『自分の席』とはいうものの、実際には大学の頃から殆ど腰掛けてはいなかったので、そう呼ぶのは何だかむず痒い感じがする。
果たして『自分の席』と呼んで良いものだろうか。
「だぁかぁらぁ、さっきママ言ったでしょお?けんちゃんの大好きなハンバーグよ。」
足取り軽く、母親がキッチンに消えていくのを見送ると、今度は隣の椅子に座って新聞を読んでいる筈の父親が、新聞越しに、
「けんぼー、ママって可愛いだろう?」
と、私に答え難い質問を投げ付けてきた。 悪気は一切無いのは理解できる。
仮にも血の繋がった歴とした「親子」。
理解できて当然だ。
だがこの場合、できるならば理解したくはなかった。
その質問に対して、無言で様子を伺っていると、父親はそんな私の考えを知ってか知らずか、にっこりと微笑み、
「でもな、ママはパパの物だからな、あげられませぇ〜ん!」
と、年甲斐もなく言い放った。
キッチンからは、妙な、どこかの民族音楽のメロディに似た鼻歌が聞こえてくる。
・・・こんな2人から、どうして私のような人間が生まれたんだ
・・・?
全身から生気が抜けてしまった私は、そのままテーブルに突っ伏してしまった。
それから数分(私には何倍にも長く感じられたが・・)経ち、母親がキッチンから夕食のハンバーグの乗った人数分の皿を持って出てきた。
「はぁ〜〜〜〜い お・ま・ち・ど・お・さ・まぁ。 はい、一番お疲れ様のけんちゃんには、いちばぁ〜んおっきいハンバーグねっ 」
「おっ、いいなぁけんぼー、大きいの食べられて、幸せ者だなあ。」
顔を上げ、一番だなんだと言われて悪い気はしない。
「頂きます」と言おうとしたその時だ。皿の上のハンバーグの隣りにあるものに、私は言葉を失った。
そして動きも止まってしまった。
「・・・んですか・・・・・」
「ん?けんちゃん?どうしたの???眉間にしわが寄っちゃってるわよお?」
「けんぼー?ハンバーグ、食べられなかったか?」
フォークでゆっくりと、ハンバーグの隣を指した。
「・・これは何ですか・・・」
母親も、私の速度に合わせて、ゆっくりとその指された物体を見た。
「人参のぉ〜、グラッセ〜〜 美味しいわよぉ?けんちゃん、これなら・・と思って〜、作ってみたんだけどぉ、ダメぇ?」
・・・・・・私の忍耐力も、もはやこれまで!!!!
テーブルの上の料理をリビングの小さなテーブルにすべて移動させ、食堂に戻った。
そして母親の前に立った。私のただならぬ気配に、父親も母親の傍に寄る。
「私が人参が嫌いなのを知っていて、どうして敢えて出すんですか?!あなたは!!」
「だってぇ、けんちゃん大人になったから〜食べられるようになったと思ってぇ」
「一度嫌いになったものは一生嫌いです!!そういう性格だという事はあなた方が一番知っているでしょう!!」
「でもなけんぼー、人参を避けてハンバーグだけ食べればいいじゃないか?」
「視界にも入ってほしくはない!!匂いも嫌です!!それがある限り、私は夕飯は食べません!!いい加減自分達の子供の事を理解して下さい!!いいですね!」
そう言い放ち、私は自室に入った。
「パパ〜・・・、けんちゃん、反抗期なのかしら〜〜・・」
「ママ、男の子にはね、色んな事があるんだよ・・」
食堂に残された2人は、ちょっとズレた話し合いをしていた。
格言、親も親なら、子も子である。
<終わり>

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