今クールのドラマは、当たりだったと思う。
私はどちらかというとフジっ子煮で、しかもバラエティ班なのだが、今回、電車男の伊藤君も頑張ってることもあって、その延長上で西遊記を見ていることが多かった。
伊東美咲の危険なアネキはかなりイマイチの作品だったが、西遊記は子供受けも良いし、面白かった。
しかし、今クールの中でも、私がなぜか心を奪われたのは『アンフェア』である。
『人は憎しみだけを原動力に生きていけるか』
答は”否”。
人を憎んで生きていくことほど疲れるものはないし、また、虚しいものはない。
出来ることなら、人の悪く口は言いたくはない。
平たく言えば、関わりたくない。
それが通常人間が生きていくための楽な方法である。
しかし、心優しい大切な兄弟同然育った豊が、自分を日陰の道から救ってくれようとして殺人を犯してしまったのに、目の前で雪平にむざむざ射殺され、5年間も雪平夏美(篠原涼子)に復習することばかり考えて生きてきた安藤は、結局雪平を好きになってしまった。
恨みながらも好きになってしまった。
安藤の復習は、「雪平さんに彼女自身のもっとも大切な人の命を奪うために彼女に近づき、次々に殺人を犯して彼女を追い詰める。」のが目的だったが、最終回はくしくも自分が雪平の『大切な人』になって、自分を殺させることによって、復讐はある意味成功してしまった。
恋というのは、予期せぬところから、突然やってくる場合がある。
そしてまた、相手を自分の方に振り向かせたいと言う衝動に駆られるのも『恋』そのもの。
もしかしたら、自分に振り向かせたくて、相手のことしか考えられくて夢中になっているのが『恋』なのかもしれない。
〜〜恋焦がれる〜〜それが身を焦がすような思いなのかもしれない。
それに対して、『愛』とは育てていくもの。
気が付いたら好きになっていたんではなく、憎しみも、独占欲も、そういうものを捨てて、相手のことを思いやれる時。
それが『愛』なのかもしれない。
安藤は、雪平に殺されることを予期していて、また、それを望んでいた。
そして、彼はこの恨みと言う哀しみから解放されたかったのかもしれない。
三上薫ちゃんが言った「安藤の復習はある意味成功したのかもしれないな。」
の意味は、安藤の本当はひたむきで誠実な雪平を思う心が、雪平に通じて、雪平の心を動かしたに相違ないということだろうと思う。
要するに雪平も好きになっちゃったんじゃないかなと。
安藤は好きな女に殺されることを望み実現されたが、雪平には大切な人を奪ってしまった悔恨の念は一生残り続ける。
安藤は自分が死ぬことによって、復讐をなし得たことに他ならない。
悲しいけどね。
見てて切なくなってきた。
世の中こんなドラスティックな展開なんてそうはないけどさ、現代ってアンフェアな社会だよね。
今思えば全部見ときゃー良かったよーー!!(後悔)

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