奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2017/7/25

13−1成務天皇  天皇陵巡り
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 奈良平城京跡の北にある丘は、大きな前方後円墳がたくさん並んでいて、佐紀盾列古墳群(サキタテナミコフングン)を形成しています。
このうち、三つの丘を切り分けて作ったといわれている密集した三つの古墳、一つは12-2垂仁天皇皇后日葉酢媛命の陵、一つは時代が進んで46-1・48-1の孝謙・称徳天皇の陵、そして今回の13−1成務天皇(セイム)の陵である佐紀石塚山古墳です。
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 散歩するには絶好のロケーションで、実際散歩する近所の人にも数人出会いました。
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 80人もの子をもうけ、137歳まで生きた(書紀では143歳)父景行天皇が、2番目の妻ヤサカノイリヒメとの間にもうけた若帯日子命(ワカタラシヒコノミコト)、日本書紀では稚足彦尊(ワカタラシヒコノミコト)は、景行天皇の4番目の皇子でしたが、兄の日本武尊などが皇位につかなかったので第13代成務天皇になりました。
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 成務天皇に関しては、古事記では1頁にも満たない記述しかありません。
何故か滋賀県大津市といっても湖西を北に行った坂本に志賀高穴穂宮(シガタカアナホノミヤ)を造り、在位60年にして95歳(書紀では107歳)で崩御し、ここ奈良の北の狭城盾列池後陵(サキノタタナミノイケジリノミササギ)に葬られました。
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 成務天皇はオトタカラノイラツメを妻として、和訶奴気王(ワカヌケノミコ)をもうけているにもかかわらず、その子を次の天皇にしませんでした。
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 したがって成務天皇は、初めて自分の子が天皇に成らなかった天皇になりますし、よほど兄の日本武尊を尊敬していたのか、死んだ日本武尊の子供を次の天皇にしたそうです。

     返事
花水木さん:食事やデザートを前にして、
    写真を撮ることを思い出した時には、もう食べていることが多い私です。
     また、雰囲気を考えずに写真を撮りまくってる人を見ると、
    私はこんな仲間とは思われたくないとも、考えてしまう私です。
     こん回の「したたり」は、
    そんなことも考える前に、皆の皿から無くなっていましたが。
タグ: 天皇陵

2017/7/22

菊水鉾茶会  京都から
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 暑い京都、7月16日(日)祇園祭の宵山見物に、昼間ですが行きました。
四条通の函谷鉾。
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室町通りの菊水鉾。
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 菊水鉾のご神体の稚児人形「菊丸」です、巡行の日は鉾の前に飾られます。
 菊水鉾は、私の小学生の頃?、いずれにしろ戦後に再建されたまだ新しい鉾です。
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 菊水鉾の町内には、昔金剛能楽堂があって、そこには「菊水の井戸」という名水が湧いていたそうです。
その為か、祇園祭の時には菊水鉾茶会が行われます。
 その日は表千家の順番の日で、娘が手伝いに出ているので、家族中で参加しました。(私は初めてです)
 お菓子はいつも、涼しそうな透明の羊羹?、亀廣永の「したたり」で、この黄色な大きな皿は貰って帰れます。
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 祭の屋台でスーパーボールすくいをさせたり。
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 少し人混みを離れて、勝手知ったる道を歩いて(子供の時のテリトリー内です)、はずれた屋台で(鉾周囲の屋台よりずっと安くなってると思います)氷を与えたりの孫サービス。
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 最後は皆で喫茶店に入って、私はそこで孫3人分の氷より高い氷を食べて、帰りました。

    返事
花水木さん:鳥だけ雄が綺麗とのことでしたが、
    人間だって雄の方が綺麗ですよ。
    綺麗でない雌は化粧でごまかしているだけです。
    でも私は雌が好きですよ!
     ケーキの皿に目が行くとは、私は気にもかけませんでした。
    1枚の写真を見ても、人によって色々感想が違うのですね。
    

2017/7/18

金沢旅行3  
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 2日目の金沢は大雨、元々この旅は金沢21世紀美術館などに行きたかったので、雨でもいいのですが、ちょっと降りすぎです。
隣の兼六園も行ってみようかと思っていましたが、これは濡れるだけなのでやめました。
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 金沢21世紀美術館常設の現代美術、水の底にも下から入れる「プール」も有名です。
底から見る水面も雨が打っていました。
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 この「プール」、残念ながら雨のため、上からはのぞけませんでした。
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 見る場所によって色が変わる、「カラー・アクティヴィティ・ハウス」も屋外なので、行く気にならなかったほどの雨です。
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 この美術館の建物自体もなかなかおもしろく、番号が付いてないとどこに行ってよいのか迷ってしまうような展示室です。
 お目当ては 池田 学 展 The Penー凝縮の宇宙ー です。
こぶし大ぐらいの面積を描くのに1日はかかるという、超精密ペン画ですが、その世界観も良くて、わざわざ観に行ったかいはありました。
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 隣の石川県立美術館は、なんといっても野々村仁清の「色絵雉香炉」で有名ですが。
雄雌一対で飾ってありますが、雄のこの写真の方だけが国宝です。
 ちょっとだけですが琳派の展覧会もしていたので、宗達の絵や光悦の書も観れました。
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 石川県立美術館で美味しいケーキセットを食べました。(花水木さんへ;チョコケーキが私・モンブランが家内ですよ。)
金沢は都会ですので、昨日の三国のケーキセットの倍はしました。
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 外は雨ですがやや弱まってきました。
兼六園そばの美術館の周りは、昔何があったのか、金沢市内の真ん中なのに森があります。
 この中に、まだ比較的建って新しそうな 鈴木大拙館 がありました。
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 白を基調に、水の上に浮いたように作られた、シンプルで美しい建物です。
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 鈴木大拙(1870〜1966 95歳と長生きです)は京都の坊さんと思っていましたが、京都大谷大学の教授をしていただけで、金沢生まれの仏教哲学者でした。
 その思想はもひとつ私は知りませんが、私の若いころはそれなりに有名でした。
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 雨のため、水面も緑もより哲学的に見えて、座って思索には耽りませんでしたが、ゆっくり休憩は出来ました。
 帰りは高速で、それなりにトイレ休憩をたくさん挟みながら、それでも早く着きました。

     返事
花水木さん:トイレ、行き出すと、
    麻雀の間も車で走ってる時も、我慢の連続になっています。
     ちょっと情けないです。

2017/7/15

金沢旅行2  
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 三カ所の道の駅・高速のSA・ケーキ屋・東尋坊の六ケ所でトイレに行きながら、7時間ゆっくりドライブして着いたのは、金沢郊外車で30分ほどの湯涌温泉。
以前ここに白雲楼ホテルと言う、東洋一を誇っていたホテルがあって、私は昔から一度は湯涌温泉の白雲楼ホテルに泊まりたいと思っていました。
しかし、ホテルは倒産していて、1998年(平成10年)には消滅していますので、泊まったのは小さな旅館。
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 白雲楼ホテルと共に湯涌温泉で有名だった江戸村も、今は小さくなって金沢湯涌江戸村になっていましたが、着いた頃から雨足が強くなり、以前から行きたかった江戸村もパス。
 替わって、旅館の部屋からも見下ろせる金沢湯涌夢二館にのみ行くことにしました。
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 竹久夢二の妻は金沢の人だったようですし、愛人と一緒に湯涌温泉に1917年(大正6年)に3週間も滞在していました。
丁度湯涌滞在100年記念と言うことで、「竹久夢二と同時代の美人画展」をしていて、上村松園・伊東深水・鏑木清方の絵も、65歳以上割引で安く観れて良かったです。
 出品されていた美人画は竹久夢二以外はほとんど個人蔵で、倍広庵と書いてありました。
倍広庵はキャバレー王で美人画を集めていた人とも違う様で、座っていた学芸員?らしき人に尋ねても、秘密になっているのか返事がうやむやでした。
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 小さな旅館で、最近は珍しい部屋食なので、写真も遠慮なく撮れて、ゆっくり手の込んだ料理をいただきました。
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 温泉も3回入って、3回とも一人で独占です。
  
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 降り続いた雨は夜中からは大雨に、朝も激しく降っていました。
朝食も部屋食で用意されました、久しぶりのバイキングでない朝食も、なかなか良いものです。
 土砂降りの中、金沢市内に向かいました。

    返事
花水木さん:予想は見事はずれで、反対です。
    ということは、私は女性的ということですかね。
    それとも家内の好みが男性的ということか、
    まあ私がパフェ、家内がコーヒーの時はよくあります。

2017/7/12

金沢旅行1  
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 ちょっと前の、いつもの日帰りではなく、少し足を延ばして金沢までの一泊旅行です。
 ゆっくり行こうと、久しぶりに越前海岸をドライブしました。
礫岩が風と波の浸食作用でくりぬかれた洞穴、呼鳥門(コチョウモン)も久しぶりです。
この洞穴、高さ15ⅿ・幅30ⅿあるそうです。
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 すぐ近くにトンネルが出来ていましたが、確か以前来た時は、国道がこの洞穴の中を通っていて、車で抜けたような気がします。
トンネルの銘板を見ると、2002年完成のトンネルでしたので、このトンネルが出来た15年以上前に、何度も来ていたのですね。
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 海岸沿いの温泉もある道の駅で昼食。
刺身の5種盛りパックと揚げたての沢山のアジフライを買って、ご飯セットを1椀だけ頼んで、二人で1300円の美味しい昼食でした。
 次の三国の道の駅でお土産買って、レジのお嬢さんに美味しいケーキ屋さんを尋ねて、そこへ行って、のんびりと緑の田んぼを見ながら、二人で昼食と同じぐらいの値段のケーキとコーヒー。
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 これまた久しぶりの東尋坊にも寄りました。
昔はもっと崖が高かったような気がしてなりません。
しかし、ここは崖の縁に柵がほとんどないので、最近とみに足元が危うくなっている私は、あまり縁の方には行かなかったので、そのせいかもしれません。
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 平日で天気もあまり良くなかった為か、東尋坊の観光客は少なめでした。
鳥取はスナバ、ここはスタバではなく、イワバ(岩場)でした。

     返事
花水木さん1:お互いおめでとうございます!
     確か落語家か一般人かのどちらかの息子さんも、おめでとうでしたよね!
和さん:灯台を最後に見た若者達を思ってウルウルしたのでなく、
    私は自分自身の懐かしさだけで涙目になった、自分勝手な男です。
花水木さん2:私は左上でも右上でも、
    全く手は背中で繋がる気配はありません。
    前屈しても、指先はせいぜい膝下です。
大雪男さん:ドローン?で海側から断崖を写していたので、
    私は「ああなってるのか」と、それなりに納得していました。

2017/7/8

12−3景行天皇皇子 日本武尊の4番外  天皇陵巡り
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 以前熱田神宮に行った時に、その横にもう一つの日本武尊の白鳥御陵を見つけてしまいました。
熱田神宮駅から少し歩いて、白鳥古墳と本居宣長歌碑の道標が目印です。
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 民家の間の狭い道を通って行くと、6世紀初めころの全長74ⅿの前方後円墳が、かなり削られたまま残っていました。 
 伊吹山で亡くなった日本武尊は、その地能褒野から奈良の琴弾原、そして大阪古市の白鳥陵にと、次々白鳥になって飛んでいったのですが、最後ミヤズヒメが恋しかったのか、この熱田の宮近くに飛んできて、降り立ったのがこの陵だったとのことです。
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 拝所も作られていましたが、どうもここは宮内庁公認の指定陵ではないようで、番外になりそうです。
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 白鳥山法持寺の裏に残る小山がこの陵です。
この寺は30年間名古屋場所の三保ヶ関部屋の宿舎になっていたので、北の湖の記念碑がありました。
また、ここは東海道の道筋でもあったので(最近のブラタモリでやっていた、七理の渡しの船着き場に近い)、芭蕉や若山牧水の歌碑もありました。
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 日本武尊、古事記最大級の英雄だと思っていましたが、武勇伝としてなら、何故天皇にも成れなかった皇子の日本武尊を主人公にしたのか、景行天皇の武勇記にしなかったのか、不思議に思います。
 また武勇記といっても、実の兄を平然とちぎって殺したり、女に化けたり、剣を木刀に替えるなど、マッチョの笹野高史のコマーシャルではないですが「ひっきょうだろう!」という手を使って征伐したりしています。
また、女の身代わりで難を逃れたり、計略にはまった時も人から貰ったもので助かったり、最後は伊吹山の神をあなどったために衰弱して、なんか英雄らしからぬ死に方をしています。
 それほど勇ましくない英雄伝を、こんなに長く記述した古事記や日本書紀の意味合いがなんか分かり難い、4回(四つも陵があったので)の日本武尊の話でした。
                     やっと終了

    返事
花水木さん:介護での尻拭き、
    トイレで用を足せる人は短時間なら立位可能なので、
    介護の人は立たして後始末をされていますよ。
和さん:自動水洗機能に慣れると、外でトイレを出た後、
    流したかどうか不安になって、戻って確認するときあります。
     1週間ほど前にTVで大瀬崎灯台を30分ほどやってました。
    懐かしくて、単に灯台が写ってるだけなのに、涙目になっていました。
    五島の皆さんにもよろしく!!
大雪男さん:私は体が固く、背中はまったくかけません。
    前に屈んだぐらいでは、手は肛門に届きませんよ。
タグ: 天皇陵

2017/7/5

12−3景行天皇皇子 日本武尊の3  天皇陵巡り
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 九州の熊襲退治から帰るやいなや、日本武尊は父景行天皇の命で、東国の蝦夷征伐に旅立ちました。
前回書いたように、伊勢で叔母に愚痴を述べていましたが、尾張ではちゃっかりミヤズヒメをナンパして、結婚の約束もしています。
 相模の国では、国造(クニノミヤツコ)に誘いだされた日本武尊は、野原で火に囲まれた時、叔母に貰った草那芸剣(クサナギノタチ)で草を薙ぎ払い、貰った嚢から火打石を取りだして向火を付けて難を逃れました。
その後は逆に国造一族を滅ぼして、その地に火を付けて焼き払ったので、この土地を焼遺(ヤキヅ)と言うそうで、今の静岡県の焼津の地名の由来になりました。
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 東国征伐で他の有名な話は、一行が浦賀水道を船で渡っている時に、急に暴風雨に襲われ、その時突然一行に加わっていたかの如く出てきた后のオトタチバナヒメノミコトが、身代わりとなって入水し嵐をおさめたそうで、その場面を日本画で見たことがあります。
 また、オトタチバナヒメノミコトの死を日本武尊は嘆いて、「あずまはや」(ああ我が妻は)と言ったので、この辺りの国を「あずまの国」と言うようになったそうです。
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 三つ目の日本武尊の墓 白鳥陵古墳(前の山古墳)は、長さ190ⅿの立派な前方後円墳で、古市古墳群の一つで古墳時代後期の築造です。
 前回の奈良県御所市の琴引原白鳥陵から飛び立った白鳥は、ここ大阪府羽曳野市まで飛んできてここに降り立ち、陵となりました。
今までの日本武尊の三つの墓を合わせて、白鳥三陵と言うそうです。
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 大きな周濠もある立派な前方後円墳の白鳥陵(シラトリノミササギ)、天皇でもなく単なる皇子なのに、前回の御所市とここだけは墓ではなく、例外的に 陵 と書いてありました。
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 拝所の周りは綺麗に整備されていますが、普通の新しい家がすぐ近くまで迫っていて、路地を抜けていくような感じです。
さすが大阪郊外、土地は有効活用されています。
 この東国征伐の後尾張に帰った日本武尊は、行きにナンパしたミヤズヒメが生理中でもあるのに寝所に入ったり、もひとつ意味不明の事があったりした後、伊吹山で神のたたりがあったように死にました。
                   もう一回続く

      返事
花水木さん:同時に出たから自分は外人と思わず、
    遠慮してハーフと言うところに、花水木さんの謙虚さが出ていますね。?
     格調高い私からの疑問ですが、
    私は腰を便器から浮かして中腰でないと、尻を拭けません。
    座ったままではどこから手を入れていいのか、隙間がないからです。
    それをおかしいと言う人がいます。
     皆さんは大便後尻を拭く時、洋式便器から腰を浮かして拭きますか?
    浮かして拭く派の私は、我が家の新しくなった自動洗浄トイレだと、
    拭いてる間に水が流れ出して、いつもあせっていますよ。
和さん:謙虚な人と格調高い人との掛け合いを、
    楽しんでいただいている和さんは、どんな人ですかね?
大雪男さん:立ってしても、排尿後のすっきり感乏しくなっています。
     今の阪神の味方は、雨だけです。
タグ: 天皇陵

2017/7/3

12−3景行天皇皇子 日本武尊の2  天皇陵巡り
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 三重県亀山の能褒野墓に葬られた日本武尊(ヤマトタケル)は、八尋もある大きな白鳥になって大和の方向に飛んでいって、ここ奈良県御所市の琴弾原(コトヒキノハラ)に留まったそうです。
 民家の間の道にある看板に沿って左に曲がります。
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 この民家の塀沿いの坂道を上がった所が、白鳥陵(シラトリノミササギ)と書いてあった二つ目の墓、日本武尊琴引原白鳥陵でした。
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 今までの陵や墓と違って、ここの拝所は質素でしたし、宮内庁の看板も立札のみです。
 前回書いたように、九州でクマソを退治して日本武尊となったヲウスノ命は、帰りに出雲に寄りました。
ここで武勇を誇る出雲建(イヅモタケル)と友達になったふりをして、お互いの剣を交換し(自分の剣は木刀に替えた後にです)、その後太刀合わせを申し出て、相手が交換した日本武尊の木刀でまごまごしてる間に、相手から交換された太刀で切り殺してしまうという、またまた卑怯な手で出雲建を退治したそうです。
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 大和に帰ったとたんに休む間もなく、またもや父の景行天皇から、今度は東国征伐を命じられた日本武尊は、伊勢で叔母のヤマトヒメに父の薄情さを嘆き、今度は草那芸剣(クサナギノタチ)と嚢(フクロ)を貰って東国へ出発しました。
                     続く

    返事
花水木さん:ボケてきたのか計算できなくなっていますね。
    本文も訂正しました、ありがとうございます。
     息子が二人とも下宿で家を出てからは、
    トイレを汚すのを息子のせいに出来なくなって、その頃(50過ぎ)から座っています。
    最初の頃は、一緒に便が出ていましたが、今は小便だけ出来るようになっています。
    しかしながら、そうしてからは男としての能力が低下していったような気がしますので、
    若者には座位はお勧めできません。
和さん:今城塚古墳が高槻でしたね。
    本文も訂正しています、ありがとうございました。
大雪男さん:つま先を上げてみましたが、効果は不明確ですよ。
タグ: 天皇陵

2017/6/28

立木観音  京都から
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 京都の人は「立木さん・立木さん」と言って、よく厄除けにお参りする立木観音、滋賀県石山の瀬田川沿いにあります。
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 いかんせん、この登りの石段がつらい!
私ももう50年以上前(花水木さんすみません、25年以上前です)になる、男の本厄の時に参って、しんどかった記憶がありますが、この時の立木さん厄除け参りは、他の神社仏閣より効果があった記憶も残っています。
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 今回朝早いこともあって、すんなり登れました。(上にしかないトイレに早く行きたい一心もあってですが。ちなみに上のトイレは最新で綺麗でした。)
途中では、一人私より若いが太った今にも死にそうな男性を軽快に抜き去りました。
69年近い人生でも、人を抜く経験はあまりありませんが、死にそうに疲れた人でも、人を抜くのは気持ちの良いものです。
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 今回の目的は、自分の厄除けではなく、長男が男の本厄・末娘が女の本厄なので、その代参です。
ずいぶん子供思いの親になったものです。
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 この立木さん、立木山寺(タチキサンジ)、正式には安養寺(アンヨウジ)と言うそうです。
どこにでも出没する空海を、観世音菩薩の化身の白鹿が背に乗せて、瀬田川を渡ってこの地に連れて来たそうです。
その時空海42歳、だから厄除けのお寺になったそうですが、何故かこの寺は真言宗ではなく浄土宗とのことです。
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 自分の厄年のお参りの時には、10円ぐらいのお賽銭だけで済ましたと思いますが、今回は1本100円のローソクを2本立て、お賽銭も100円、家内は御朱印帖も書いてもらい、厄年の子供にはそれぞれ厄除けの箸を買って、ゆっくり御茶所で休んで帰りました。

    返事
和さん:高槻(和さんすみません、茨木でした。)の継体天皇陵にもそろそろ行く順番です。
花水木さん:私の贔屓阪神もたまには優勝します。
    ですから私が贔屓しても、悪いことばかりは起こりませんので、
    息子さんの贔屓筋の一人にしておいてください。
福山市さん:私もブログを書かないと寂しいのです。
大雪男さん:阪神、死のロードどころか、
    オールスターまでも持たないかもしれませんね。
    巨人と最下位争いなんて嫌ですよ!

2017/6/25

桂南光独演会  趣味
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 久しぶりに京阪八幡市駅に降り立ちました。
小学校の嫌いだった水泳遠足は、この駅裏の木津川の京阪電車の鉄橋の下であったと、記憶しています。
 駅からすぐに、岩清水八幡宮に行く男山ケーブルが見えていました。
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 駅前に飾ってあった八幡市の名所・名物。
もちろん岩清水八幡宮がメインですが、そこの竹をフィラメントに使ってエヂソンが電灯を灯したことも有名です。
松花堂弁当の発祥地でもあり、八幡巻もここからのようですね。
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 今日この駅に降り立ったのは、ここから京阪バスで5分ほどの八幡市文化センタ―に行くためです。
駅前の喫茶店で、卵サンドとコーヒー飲みながらバスの発車時刻を待ちました。
 目的はセンターで行なわれる「桂南光独演会」、枝雀のネタで好きだった「つぼ算」と江戸落語から取り入れた「火焔太鼓」で、家内は隣でよく笑います。
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 南光さんは、結構好きな落語家で、楠正成の千早赤阪村の出身です。
 漫才は金を出して観に行く気があまりありませんが、落語はまあクラッシックコンサートよりはたくさん行ってるでしょうね。
 吉本新喜劇は昔からあまり好きとは言い難いですが、松竹新喜劇はおもしろいと思っていました。
どうも私が贔屓するものは、伸び悩むようですね。

   返事
久しぶりにコメントなしになって、寂しいですよ。


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