曇り空。
9時から。
9時10分、ベイホテルからサファリまで、家族、1310円。
なんやら知らんけど、本日から新しいメーターになる。
料金は同じですけれど。(初乗り1.5キロまで500円)
ボタンの位置がちがうので、妙に真剣な顔つきでのぞきこんだりする。
で、クーポン。ホテルSへ。
10時、富山県からお越しの女性3名さまご乗車で、白浜観光出発。
円月島→グラスボートにご乗船→千畳敷→三段壁と、その洞窟
http://birds-i.com/sandan/→平草原公園の展望台→新地のうどん屋さんでご昼食(そのあいだ、わいは車庫にもどってお弁当をいただきます)→とれとれ市場→13時50分、駅で終了。
ありがとうございましたあ。
車庫にもどって、昼寝。
…。
「孤独な少年の部屋」(中島義道著)
http://www.bk1.jp/product/02983792読了。
哲学者である著者が少年時代を回顧するエッセイ。その切実な孤独と、家族の肖像。著者のような少年ではなく、むしろ正反対に表で飛び跳ねるように少年時代を過ごしたわたくしであるのに、あの頃のとどまることを知らず揺らいだ自我が心の片隅から起きあがるようで、ひりひりしながら読み終える。その瀬戸際の孤独を、少年は創作すること(架空の世界地図の作成など)で切り抜けた。ほとんど公共性のない、なんの役にも立たないことにただひたすら熱中する。創造すること…。「つくること」は、かくも人を救うものかな。
「いまこうして書いていると、五十四年前に、豊満なからだでちゃぶ台を抱きかかえるように必死に紙芝居の絵を描いていた若い母(二十九歳であった)の姿、そしてすすり泣きながら傍らでそれをみつめていた七歳の私の姿が、何かいとおしいものとして立ちあらわれてくる。
そのときの光景がはっきりした像を結ぶわけではない。だが、いま「あかずきんちゃん」や「子りすのぼうる」の紙芝居を手に取ると、たまらなく懐かしくなってくるのだ。若い母も一生懸命だったなあ、私も一生懸命だったなあと思う。学校の課題は絶対だった。それをいい加減に扱うことはなかった。まじめに生きようとしていた。それだけだった。だからこそ、必死に息子の紙芝居を手伝っている二十九歳の母の姿は、私のうちでいまでも光り輝いているのである。」(P95)
…。
つづいて、再読しはじめたらとまらなくなったので、また「神との」シリーズ、「神とひとつになること」(ニール・ドナルド・ウォルシュ著/吉田利子訳)
http://www.bk1.jp/product/02016777を読み返しはじめる。
…。
で、21時25分、山上通りから湯崎まで、おばちゃん、680円。
まで。
トータル10回走って、本日終了となったのでした。