ヨット協会誌より
清水港にヨット<サムシング>を浮かべて40年になろうとしている。この際、お世話になった海と共にヨットハーバーの歴史をここに残しておきたくなった。
今まで書いたヨットハーバーに関するログを、HDDのアチコチから集めてきて編集、書き加えたが、年代とか、時系列とかも、いろいろな事で間違えたり、勘違いしているところがあるかも知れない。指摘して頂ければ幸いである。
http://www.the-support.net/something/some01/index.html
1971年(昭和46年)の秋、清水港の中の貯木場の隅っこの一画に係留場所を見つけた。そこには既に数艇のヨットが海上係留されていた。早速サムシング1を丸善商会スプレンダーに発注。翌1972年2月13日にサムシング1(スプレンダー19)は進水した。艇の上下架なんかは貯木場のクレーンに酒一升でお願いしていた。
各自が一斗缶にコンクリートを流し込み、鉄筋を十字型に通した豆腐(簡易アンカー)を持ち寄り、海底に沈めた。各自が勝手にそこからモヤイロープを立ち上げ、サムシングの係留場所を作り、そこからヨットライフが始まった。
http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E138.30.41.9N34.59.18.1&ZM=7
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一年経たずに清水港のアチコチに不法繋留(本人達はそう思っていなかった)されているヨット仲間が集まり、行政に働きかけて一箇所に集まろうという話が出てきた。
この貯木場ではなく、清水港の小型船溜まりの一画に海上係留しよう。そして清水港ヨット協会大型艇部会を作ろう(清水港ヨット協会はディンギーを対象にしてすでに在った)。今までバラバラだったクルーザーが一箇所に集まったのは画期的な事だった。
http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E138.29.53.7N35.0.24.8&ZM=9
太洋寒天の桟橋が出ていて、そこへ小型漁船が氷を購入しに来て、ヨットと衝突するのではないかナ……と思ったこともあった。
当時は25feet(30feetか?)を越すと40%(30%か?)という物品税がかかるため、それを越す艇は少なかった。また、それ以下の艇も15%の物品税が課税された(1989年消費税法施行で廃止)。
海上係留のため、何隻かのテンダーを協会で購入し、それを使って各自のヨットへ渡っていた。それはそれで楽しかったが、風が強い日、波がある日などは艇へ渡れなかった(泣)。平底の渡し船、船外機付き<渡郎(わたろう)丸>を協会で購入した。
同時に海面へ降りるための浮き桟橋を設置。上架場、駐車場も土地所有者から借り受けた。また、ハーバー近所の静岡観光汽船の2階に清水港ヨット協会の事務所を設け、専用事務員を置いた。クラブハウスの完成だ。その時の椅子、ソファ、テーブル、鍋釜日用品は各自が持ち寄った。ボクも急須・湯飲みセットを5組ほど持っていった記憶がある。
これらの全ての経費は各艇から係留費を徴収して行われた。22feetで数万円だったと記憶がある。
1988年の港周辺の地図
もっと大きい地図を見たい人はこちらに…。
http://photozou.jp/photo/photo_only/132301/7387767?size=1024
その2に続く…(いつか(笑))
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ヨットクラブというジャンルを設け、検索しやすいように個人のヨットライフとは別にした。