オセアン22。昔のサムシングUだ。
この歳になると想い出すのは昔のことばかりだ(泣)。
1973年に製造進水して1990年まで17年の間、ボクのサムシングとして相手をしてくれた艇だ。今から18年前の1990年、この艇が仲間に渡りそれ以来同じヨットハーバーで過ごしている。
バンデスタット設計の22feet艇。
それ以前スプレンダー19に乗っていた僕は1973年の春、晴海で行われたボートショウの或るコーナーで釘付けになってしまった。そこから動かなかった覚えがある。
「あっ、これはボクの艇になるヨットだ!」と思いこんでしまったのだ(笑)。
それ以来、愛知県尾西市の造船所「チタ」と何度も打合せをし、その年の9月頃着工にこぎつけた。造船中に何度か「チタ」を訪れ、FRPの脱泡を手伝ったり、気になるところを強化してもらったりして造船を見守った。そして色々なヨットに関するコトを教えて貰った。
進水したのは11月初め。その一週間後の駿河湾横断往復レース(田子島レース)でドン吹かれて、15ノットをオーバー、リギン類が一気に伸びてしまった記憶がある。
全 長:6.65m
水船長:5.50m
全 幅:2.40m
喫 水:1.30m
排水量:1000Kg
バラスト:400Kg
メンセイル:8.68m2
ゼノア:15.18m2
スピン:33.0m2
I=7.50m
J=2.70m
P=7.20m
E=2.20m
設計:E.G.バンデスタット
今思えば、本当に小さな艇だった。まだ物品税のシステムが有る時代で7.5m以上の艇は一般的には少なかった。
15/16というフラクショナルリグ。スプレッダーが後退していてサイドステイの締め込みがマストカーブを決めた。今ではそんなスプレッダーを持った艇は普通だが、当時としては珍しかった。
また、クルーザーとしては異様であったアウトラダーを採用していた。そしてラダーまで小さなスケグが延びていた。
ゴイオのベンチレーター付きビットとかドッグハウス上のダッシュボードなど、いくつかを特注でお願いした。トランサムには非常用ラダーのガションも備えていた。
バース下の物入には非常用ラダーが入っていたが、使ったことはない(笑)。
後日、ヨットの設計で独立した沢地氏が「チタ」居て、懇意にしてくれた。
当時、鳥羽レースとかクォータートンレースでも同型艇が活躍し、楽しい思いをさせて貰った。御前崎へ行ったり、神子元島レースに出たり、式根島、神津島へ行ったり、今では怖くて出来ない(笑)。
今のサムシングVと同じくUもブリティッシュグリーン色のハルであった。今は濃い紺色になっている。塗装がはげた所に昔のグリーン色が見える。
船外機をインボードにしたり、マストを塗装したり、色々なパーツを修理交換してあるが、今だに健在である。進水後35年経っている。嬉しい。