友達に言われた一言が、ここ数日頭に残っていた。
「ブログのタイトル、変えないの?」
たしかに、筑波大学の理工学系に進んだわけで、もはや「医者になる」のタイトルはふさわしくないのかもしれない。それで、ブログのタイトルを変えようかどうか考えていたのだが、あれこれ考えるうちに、このまま理工学系に進んでいいのだろうか、という漠然とした不安が頭をよぎった。
入学当初から、なにか心の隅で引っ掛かっているような感じがしたのはこのことだったのか。もちろん、入学前に「医学はあきらめて、新薬開発の部分で活躍したい」という大きな新たな目標を作った。そして、いままで思い描いてきた理想の将来像を大きく変更するように毎日イメージしてきた。
でも。
何かひっかかる。
心のどこかに、未練とも何とも言えない「何か」が引っ掛かっている。
生きる上で、確かに自分の能力に応じて夢を妥協しなければならないと思う。それがうまく人生を柔軟に生きる、ということだし、また自分と同じように医学部の進学を断念し、気持ちを切り替え、新たな道で活躍している方も多いと思う。
でも、幼いころから15年間も抱いてきた「夢」を、そう簡単にあきらめるということは本当に難しい。それに、「夢」は一生を左右するものだから、なおさらあきらめは難しい。
いったん決めた、「薬学の道で頑張る」という「誓い」に背くことは、男としても人間としても歓迎されるものではないことは十分に知っている。
でも―
もしそこに何かしらの方法があるのなら。夢に再挑戦できる新たな手段が、かすかにでもあるのなら―
その道に向かって、新たなスタートを切ってもいいんじゃないかと思うんだ。
何人かの友人は言うだろう。
「何で2浪しなかったの?」と。
現に同級生でも2浪する人はいたし、医者になるのなら2浪してもいいとは思う。むしろそうしたほうが、自分の心に素直なのだと思う。
でも…僕が2浪をしなかったのには理由があるんだ。
1.父親との1年前の約束―前期でダメなら後期は理工にすること。落ちたら就職しろ、ということ。
2.母親の状態から見ても、これ以上の浪人は親に精神的ストレスを与えかねない、ということ。
3.2浪する家計状況ではないこと。
4.人生にはある程度の妥協が必要で、同じ患者を救うという点で、別の視点からでもアプローチできると考えたから。
以上である。4においては、最後の気持ちの切り替えに自分に言い聞かせたことで、要因としては1〜3が主たるものといえると思う。
だから、1浪で大学に進学したという今の状態を保つこと、すなわち今の成績を維持すし、今の学類で一生懸命勉学に励むこと、は絶対条件なのだ。
でも、言い換えれば、この状態を維持していれば、医学部への進学を考えてもいいのではないのだろうか。
そう考えると「仮面浪人」が思いつくのだが、それは二兎を追う者一兎を得ず、であまりいい方法とは言えない。そうすると、4年後卒業してから再受験か、と考えるも、医師免許を持つのは早くても29歳。すこし現実味がなくなってくる。
そこで、毎週出席している医学類(筑波大は、自由選択教科として他学類の講義を聴くことができる)の授業後、教授に何かいい選択肢はないものか聞いてみることにした。
入試ではある意味「敵」であった医学部の教授である。さてちゃんと答えてくれるのかいささか心配だったが、これがいい結果を生むことになった。
「編入学、すれば?」
なんと、筑波大には編入学制度があるらしく、62単位を修得予定で、その年度末で大学に2年以上在学していれば受験資格があるとのこと。
「ということは・・・」
「君は来年、その試験を受ければいいよ。待ってるから。」
YAHぁぁぁぁ!!
まさに聞くは一時の恥である。そうか、編入学があったのか。
調べると試験は来年の7月だそうだ。
ということで、お知らせします。
管理人は2010年、筑波大学医学群医学類の編入試験を受験
(するかも)します。
一年前、何気なくつけた「
それでも僕は、医者になる。」
「それでも」にこんなに深い意味がつくとは思いもよらなかった。
これで、決まりだ。
ブログのタイトルは「それでも、僕は、医者になる。」〜あと1年で医学部合格を狙う、ある男子の記録〜。
このまま続行だ!

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