知多大野の町中にも十王堂があったが、甚目寺の境内にも十王堂がある。本堂を除きほかの諸堂は中に入ることができないが、この十王堂だけは、鍵が架かっていない。日々このお堂に詣り、閻魔様を拝む人がいるようだ。
日本での十王思想は、平安末期に仏教由来の末法思想や冥界思想と共に広く浸透する。
『地蔵十王経』の中には、三途の川や奪衣婆が登場し、「別都頓宜寿(ほととぎす)」と鳴く鳥が描写され、文章も和習をおびるなど、日本で撰せられたことをうかがわせる面が多分にある。冥界思想の浸透については、伝来した『正法念処経』や、源信が記したとされる『往生要集』がその端緒であると考えられている。
なお、十王とは、秦広王・初江王・宋帝王・五官王・閻魔王・変成王・泰山王・平等王・都市王・五道転輪王を指す。

甚目寺十王堂。

正面に閻魔王と地蔵菩薩。

奪衣婆、秦広王、初江王と並ぶ。

初江王、宋帝王、五官王、閻魔王と並ぶ。

変成王、泰山王、平等王と並ぶ。

平等王、都市王、五道転輪王と並ぶ。