甚目寺境内には、いろいろな石碑や石造物がある。三重塔の南側に石碑が集められており、その中に「甚目龍磨の碑」がある。

「当山開基甚目龍麿」とある。

龍麿が推古朝に観音像を得て、お堂を作って祀った経緯が記されている。甚目氏の末裔がこの碑を建てている。
「甚目龍磨の碑」の隣に「松平君山遺愛碑」がある。

「君山先生遺愛碑」とある。

松平君山は、江戸時代中期の漢学者。父は尾張藩士千村秀信、母は堀杏庵の孫。成人して松平久忠の養子となる。尾張藩に仕え、書物奉行となった。幼いころ父母に学んだ以外常師はなく,独学であったが、博覧強記、経史から諸子百家、地誌、本草に至るまであらゆる分野に精通していた。温和な人柄でその門からは多くの逸材が育ち、まさに君山学派をなした。編著の数もおびただしく、蔵書家としても知られている。塔頭普門院の住職と親交が篤く、君山没後、その死を悼み、君山の落歯を埋め、この碑を建てたという。
塔の心礎

鐘楼の組石の西南隅に白鳳期のものといわれる塔の心礎が残っている。三重塔であったかどうか不明であるが、中央に円形の穴があり、中心部には方形の舎利孔がある。

あれ!灯籠の中に猫が寝ている。