あくがれありく

 「名古屋なんでも情報」を「憧れ歩く」と改めた。古語では「あくがれありく」と発音する。(『源氏物語』野分の章 夕霧の場面)」
・・・何かに心をひかれ、家を出て憑かれたように彷徨う様子をいう。
 これからこのブログは、テーマを決めずにあちらこちらを彷徨い歩いてみることにしよう。
 「けふもまたこころの鉦をうち鳴しうち鳴らしつつあくがれていく」(牧水)

 

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215 地蔵巡りB−延命閣地蔵院

 久々の地蔵の記事である。尼ヶ坂駅の南側、尼ヶ坂公園の西側に「延命閣地蔵院」がある(北区大杉町)。江戸時代には、蔵王の森(片山神社)から尼ヶ坂を下り杉村へ抜けた。蔵王の森は、鬱蒼とした森であったようで辻斬りが出たという。文化年間(1804〜1818)に、辻斬りの犠牲者が出た時、杉村の久国寺の住職が、久国寺にあった六地蔵の一つを尼ヶ坂に移し、冥福を祈ったのが「延命閣地蔵院」の始まりだという。お堂の奥に三体並んだ地蔵の中央にあるのがその地蔵で「おたすけ地蔵」と呼ばれている。元禄9年(1696)の造立と伝えられている。
 先日、すぐ北にある尼ヶ坂地蔵堂で熱心にお詣りしている女性に話しを聞いた。その方の母親が「そこひ」(白内障とか緑内障)にかかり眼が見えなくなったとき、「延命閣地蔵院」の「おたすけ地蔵」に毎日通い願を掛けたところ、一週間目の朝、突然、光が差し眼が見えるようになったそうだ。それ以来、その方は、「おたすけ地蔵」の利益を確信し、今日まで参詣を欠かさないという。

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蔵王山延命閣地蔵院の標柱。

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「おたすけ地蔵」の上には、位牌が並んでいる。

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これが元禄9年造立、久国寺の六地蔵のひとつで「おたすけ地蔵」

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顔しか見えない地蔵。人々の厚い信仰の賜物か。

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久国寺の住職の手になるものだろうか。

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お堂の外の地蔵。戦後のものか。

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お堂の外に並ぶ新しい六地蔵。表情がかわいい。
投稿者:masa
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