昨日は、朝一番で図書館を開館し、市立向陽高校に向かった。今週中は午前中、向陽高校との合同練習である。明和の部員はけが人が多く、今日練習に参加できたのは1年生2名だけであった。向陽高校の武道場は松蔭高校と較べると随分条件が良くない。専用の柔道場になっておらず、毎回畳を敷かなくてはならないようだ。畳の質も明和と同じで硬く、風の通りが極端に悪い。南側に風が抜けない構造になっているのだ。ただ、床下にスプリングが入っていて衝撃を吸収するようになっているので明和高校より一ランク上であることは間違いない。
別件であるが、一昨日、高校時代の同級生がガンで亡くなった。大分悪いという報せを聞いて、10日ほど前、ガンセンターに見舞いに行った。その時は、あちこちにガンが転移し大変な様子であったが、普通に会話できたし、葡萄なども冷蔵庫から出して自分も食べ、私にも勧めてくれた。長くはないかも知れないとは思ったが、こんなに早く訃報に接するとは思っても見なかった。できる限り仕事が終わってから顔を見に行こうと思っていた矢先なので何か悔いが残ってしまった。
亡くなった友人とは、高校3年生の時のクラスメートであった。彼は剣道部、私は柔道部であった。奇しくも二人とも県立高校の教員となり、私が13年前に明和高校に赴任した時、彼はすでに明和高校の教員として10年目を迎えていた。同じ職場で働けることの幸せを味わいながら、現状の教育を批判し、斯くあるべきと熱く語り合ったものだ。その彼が、50歳で教員を辞めてしまった。知多半島で寺の土地を開墾し、農業を始めたのである。前々から定年退職したら、北海道の苫小牧に行って農業をするのが夢だとは語っていたが、これも突然であった。知多の農場には何回も訪れ、生き生きと働いている姿を見て本当に良かったなあと思ったものである。
昨日の通夜は、胸にぐっと迫るものがあった。今や禅師と呼ぶべき、かっての同僚の曹洞宗住職の法話は皆の心を打った。会場に満ちあふれた参列者に向かい、彼は坊主らしからぬ生の言葉をぶつけた。わが友の法名の原案は「種月耕雲居士」という。彼らしいいい法名だ。
禅宗の国仙和尚の一番弟子良寛和尚の書「種月耕雲」が出典のようだ。月に種をまき雲を耕す心意気を示すもののようだ。理想を心に高く持ち、出来そうもない事でも出来ると信じて努力する。普通は最初からお月様に種を蒔いて雲など耕す事出来ないと思い込み、地面に種蒔いて地面を耕す事しかない。これは途方もないチャレンジ精神を象徴する言葉なのだ。まさにわが友の心意気である。冥福を祈る。