以前、熱田の記事を連載したが、宮中学校にある若山牧水の歌碑の話しを紹介するのを忘れた。
宮中学校は、法持寺の跡地に建てられている。現在の法持寺は宮中学校の北側、白鳥古墳の東側に移っている。
明治41年(1908)頃、牧水は、法持寺で行われた短歌会に参加した。また牧水は、熱田の短歌雑誌「八少女(やおとめ)」へ同人として寄稿している。後に門人によって残されていた牧水自筆の書を歌碑にしたものが、宮中学校の歌碑である。この歌は、若山牧水の第十四歌集『山桜の歌』に入集している。
熱田大空襲にも当時のまま焼け残った歌碑は、堀川に面した宮中学校の正門のすぐ南側にある。また、宮中学校の校庭には芭蕉のすみれ塚句碑もある。
うす紅に葉はいち早く萌えいでて
咲かむとすなり山ざくら花

若山牧水の歌碑

若山牧水の歌碑由緒

芭蕉のすみれ塚句碑

芭蕉のすみれ塚句碑由緒