あくがれありく

 「名古屋なんでも情報」を「憧れ歩く」と改めた。古語では「あくがれありく」と発音する。(『源氏物語』野分の章 夕霧の場面)」
・・・何かに心をひかれ、家を出て憑かれたように彷徨う様子をいう。
 これからこのブログは、テーマを決めずにあちらこちらを彷徨い歩いてみることにしよう。
 「けふもまたこころの鉦をうち鳴しうち鳴らしつつあくがれていく」(牧水)

 

カレンダー

2012
February
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29      

カウンター

本日のアクセス
昨日のアクセス
総アクセス数

検索



このブログを検索

最近の投稿画像

最近の投稿画像
2/16 旧京都中央電話局上…

最近の投稿画像
2/15 頼山陽「山紫水明処…

最近の投稿画像
2/14 京都府立医科大学旧…

最近の投稿画像
2/13 廬山寺

最近の投稿画像
2/12 同志社 フレンドピ…

過去ログ

RSS

64 六代目尾上梅幸

 柳河春三出生地の茶屋町を東に、那古野神社から南に延びる長者町通りを南に行き、一筋目の上中通りと次の魚の棚通りの真ん中あたりの通りの東側のビルの脇に「尾上梅幸出生地」の案内標識が建てられている。
 6代目尾上梅幸は、明治3年(1870)名古屋長者町に生まれ、本名は寺島栄之助といった。『明治の名古屋人』(名古屋市教育委員会、昭和44年刊)で、尾崎久弥氏は、「父親は“音羽屋”の5代目尾上菊五郎、母親は信濃屋のお貞という町芸者であった。6代目菊五郎の異母兄である。」と記している。(一般的には、3世菊五郎の孫の朝次郎を父親としている。)
 幼くして初代西川鯉三郎の門に入り、明治10年(1877)西川栄之助の名で、名古屋桑名町「新守座」で初舞台を踏んだ。明治15年(1882)栄之助は東京の尾上菊五郎の許に引き取られ、歌舞伎役者としての修行を積むことになる。芸名は本名の栄之助を名のり、明治24年(1891)満21歳で名題(なだい・・・歌舞伎役者の上位の階級)にのぼり、栄之助改め栄三郎を名のった。
 明治36年(1903)5代目菊五郎が、享年満58歳で亡くなった。その後、歌舞伎座において、9代目市川団十郎が改名の口上を述べる中、栄三郎が梅幸(満33歳)、異母弟の丑之助が6代目菊五郎の襲名披露を行った。
 明治44年(1911)満41歳の時、帝国劇場が落成されるとその専属の技芸委員長【座頭(ざがしら)格】となった。梅幸は、5代目中村歌右衛門と並んで近代の代表的な女形役者として押しも押されもせぬ存在となっていた。
 “橘屋”の15代目市村羽左衛門(うざえもん)を相手に多くの役を演じ、二人の共演は当時のファンに熱烈に支持された。世話物や舞踊を得意とし、『与話情浮名横櫛』(よはなさけうきなのよこぐし)【通称『切られ世三』】の“お富”や『色彩間苅豆』(いろもようちょっとかりまめ)【通称『かさね』】の“かさね(累)”役は代表的な当たり役であった。
 梅幸は、昭和9年(1934)に亡くなり、東京池袋の雑司が谷霊園に葬られた。昭和20年(1945)羽左衛門が亡くなると梅幸の隣に葬られて、二人の墓が生前の役と同じように仲良く並ぶこととなった。
 なお、雑司ヶ谷霊園には、小泉八雲、泉鏡花、永井荷風、夏目漱石、島村抱月、竹久夢二、ジョン・万次郎などの著名人の墓が並んでいる。

クリックすると元のサイズで表示します  クリックすると元のサイズで表示します
左 尾上梅幸出生地の案内表示 
右 「伽羅先代萩」(めいぼくせんだいはぎ)御殿の乳母“政岡”
  
クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します
左 「世話情浮名横櫛」(よはなさけうきなのよこぐし)のお富
右 「色彩間苅豆」(いろもようちょっとかりまめ)の“与右衛門”(羽左衛門)と“かさね”(梅幸) “かさね”の顔が醜く変貌していく場面

クリックすると元のサイズで表示します クリックすると元のサイズで表示します
尾上梅幸著『女形の芸談』  『女形写真帖』の表紙の梅幸

クリックすると元のサイズで表示します
東京池袋雑司ヶ谷墓地の梅幸(左)と羽左衛門(右)の墓
投稿者:masa
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:masa
花散里様。本日、ミリオン座にて「The 有頂天ホテル」を観ました。エンターテイメント作品としては上出来ですが、心に残るかというとまあ不満が残ります。「疾走」の方がインパクトがあったかなと思います。
投稿者:masa
それは、残念です。旧正月は1月29日でしたか。
なかなか『THE 有頂天ホテル』を観にいけません。週末にでも行こうと思います。
ところで、二葉館で「文化のみち写真展」というのをやっています。コンテストですがなぜか入賞しました。お暇な時に見に行ってやってください。
投稿者:花散里
お招き、有難うございます。
1月29日は私のシークレットライブ(謡の新春おさらい会)なので、失礼させていただきます。皆様にお目にかかりたかったのですが、残念です。また、お誘いください。masaさま、買い被りでございます。実際はすっとぼけたばあさん(yamoriさまはご存知でしょう)です。
1月29日は旧正月です。『謹賀信念』
『THE 有頂天ホテル』をご覧ください。
投稿者:masa
花散里さんは、能や歌舞伎に精通していらっしゃって、教養豊かな文化人ですね。私は、付け焼き刃です。知ったかぶりばかりしています。何事も勉強と恥を省みず記事にしていますが、冷や汗ものです。いろいろ教えてくださいね。
お茶会の案内を載せましたので、ぜひご参加ください。電話(090-3307-5056)でもメール(nakayama-503@mui.biglobe.ne.jp)でも結構ですのでご一報ください。
投稿者:花散里
音羽屋さんの中に名古屋出身の方がいるとは存じませんでした。masaさまのブログを拝読すると、鬼籍に入られた方でも身近に感じます。
音羽屋さんは今でも美男(美女)揃いですね。
『鳴神』のような荒事も好きですが、『与話情浮名横櫛』も。つい「しがねえ恋の情が仇、命の綱の切れたのを・・・・」とリズムのよい台詞を思い出します。