5月の中頃、一宮に行く用事があった。その際、時間に余裕ができたので妙興寺と一宮博物館を訪れた。 妙興寺は、山号を長嶋山(ちょうとうさん)、寺号を妙興報恩禅寺という。俗に「尾張に杉田(過ぎた)の妙興寺」と称された臨済宗妙心寺派の巨刹である。創建は後光厳天皇の貞治4年(1365)尾張中島城主中島蔵人の第二子滅宗により勅願の道場として建立され、大応国師南浦紹明(なんぽじょうみん)禅師を勧請し開山とした。この間、文和2年(1353)には 足利義詮の祈願所となり、延文元年(1356)後光厳天皇の勅願寺となっている。滅宗宗興大和尚の在世中は衆僧常在員2百員と境内地は33町6反余坪。寺領は8百余町り、名実ともに「國中無双禪刹」の勅額の通り法幢は隆昌をきわめたという。明治時代に火災で伽藍を焼失し、方丈は明治26年(1893)、庫裏は明治30年(1897)にそれぞれ再建された。妙興寺には文化財指定を受けている仏像・書・画・古文書等が多く残っている。また禅道修業の専門道場として多くの雲水を養成し、一般の人々のため坐禅会を行い、東海地方における精神文化の一拠点となっている。

南側の入口。妙興寺の寺標。

木立の奥に総門が見える。

境内地全体が愛知県の指定文化財となっている。

総門の向こうに勅使門が見える。

国の重要文化財に指定されている勅使門。室町時代に創建。

勅使門の裏側は、樹木が林立し、美しい苔に覆われている。

勅使門解説標識。