妙興寺勅使門の東側から境内に向かうと立派な重層の三門が建てられている。三間三戸の形式でどっしりとして門とは思えない姿である。三門をくぐり抜けるとその先にやはり重層で軒の木組みが見事な仏殿が配置されている。
明治23年(1890)の火災で諸堂は焼失し、翌24年の濃尾大震災で残った建物も倒壊した。壊滅状態の寺は、以降再建に全力を尽くす。大正14年(1825)に仏殿が再建された。この仏殿は一宮出身の天才画家・佐分真(さぶりまこと)の母たま子らの寄進によるものだという。暗い仏殿の中を覗くと奥に安置されている本尊の釈迦三尊像の中央の釈迦如来だけが拝観できた。
私は確認できなかったが、仏殿の鏡天井の大円の中に、5間四方にわたる竜が、珍しく洋画で描かれているそうだ。絵師は山喜多二郎太。明治30年(1897)福岡生まれ、東京美術学校西洋画科に入り、藤島武二に学ぶ。佐分真と親交のあった山喜多に特に天井画を依頼し、山喜多は心血をそそいで製作したという。昭和31年(1956)の春ごろから制作にとりかかり、12月に完成。天井を下ろして立てかけ、それに足場をかけて絵を描いたという。その大きさは、五間四方あり、油絵では日本一大きいそうだ。山喜多二郎太はその後、昭和40年病没している。

三門。

三門の蛙股。

仏殿。

仏殿に掲げられた「妙興報恩禅寺」の額。

仏堂の本尊「釈迦如来像」を暗がりの中、うっすらと拝むことができる。

仏堂側面。

桐の紋。

指定文化財の案内表示。

これが山喜多二郎太の油絵の龍だ。(一宮市の広報紙に載っていた)