味鋺神社から北へ向かい、新地蔵川を越えると春日井市域に入る。名鉄小牧線の線路西側に二子山公園がある。ここには古墳の長さ95mの国史跡「味美二子山古墳」がある。味美二子山古墳は、継体天皇の后となった尾張連草香の娘目子媛(めのこひめ)の墓という説もある。
味美二子山古墳は、継体天皇の墓とされる大阪府高槻市の今城塚(いましろつか)190m、尾張連草香(おわりのむらじくさか)の墓と目される熱田断夫山古墳152mと同形式の造り出しのある前方後円墳で、築造年代は6世紀である。熱田の尾張氏と姻戚関係あるいは同盟関係のある勢力がこの味美地区には勢力を保っていたと思われる。味鋺の物部氏が発展したものか、同盟もしくは服属して尾張氏の傘下に入ったものか?そのあたりの関係はよくわからないが、在地豪族勢力が中央の大王家を支援しつつ、その支配に組み込まれていく過程の古墳の有り様が見えてくる。
歴史的には、この後、中央では、仏教受容をめぐって物部氏と蘇我氏が対立し、物部氏が戦いに敗れて、勢力を失っていく。大化の改新、壬申の乱を経て、尾張氏は確実に中央政権の傘下に組み入れられていく。信仰面では、天照大神を軸とした高天原神話に整合され、伊勢神宮−熱田神宮−宮中という三種の神器を祀るシステムが確立していく。

断夫山古墳と二子山古墳の比較(大下武『城北線 歴史歩き』より)

左 二子山古墳 右 白山神社古墳(はにわの館 展示パネル)

二子山古墳の後円部

卑弥呼の像?

公園のあちこちに埴輪が飾られている。

はにわの館

周溝部から出土した埴輪。はにわの館に展示されている。

はにわの館の内部。巨大な人物埴輪の複製品