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    <title>名古屋なんでも情報</title>
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    <description>「橦木倶楽部通信」を「名古屋なんでも情報」と改名することにいたしました。引き続き橦木館及びNPO法人橦木倶楽部や東区まちそだての会の案内は載せていきますが、これからはより自由にmasa個人の興味・関心の赴くまま、名古屋の文化や歴史を追究していくつもりです。「橦木倶楽部通信」をご覧頂いた皆様ありがとうございました。</description>
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    <dc:date>2008-09-07T15:10:58+09:00</dc:date>
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    <title>675 マスゲーム</title>
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    <description>　明和高校の体育祭の華、マスゲームの写真を毎年紹介しているので今年の分を載せることにする。最近は個人情報や著作権の問題が絡むのでなかなかアップでとった迫力のある写真を載せることができないが、だいたいの雰囲気はつかめるかなと思う。

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    <dc:date>2008-09-07T08:02:21+09:00</dc:date>
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    <title>「福沢桃介の歩み」展</title>
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    <description>名古屋市都市センター企画

「福沢桃介の歩み」展―生誕140年・没後70年記念―
　
日本の電力王・福沢桃介は、名古屋を拠点に、日本の近代産業の発展と共に現在の中部圏の産業の一端を築き上げた実業家です。中部経済圏で活躍した福沢桃介の歩みと功績を写真パネルで紹介します。
　また、「福沢桃介の生涯と業績」を語る講演会も開催いたします。

〈開催期間〉９月９日(火)〜９月２８日(日)　（月曜日休館）
〈講演会〉９月２０日（土）13:00〜16:30
〈会場〉名古屋都市センター11階　大研修室
●「福沢桃介の生涯」　西尾典祐氏（作...</description>
    <dc:date>2008-09-07T07:28:04+09:00</dc:date>
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    <title>674 創意の人々〓　盛田昭夫　下</title>
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    <description>　西尾典祐さんの「創意の人々」連載12回目。
　戦後まもなく創立された東京通信工業は、井深大の母との縁で作家野村胡堂（「銭形平次」の作者）の資金支援を受け、難局を乗り切る。トランジスタラジオの爆発的ヒットにより「ソニー」の社名が世界に拡がっていく。

　学校では、昨日、体育祭が行われた。マスゲームと呼んでいる創作ダンスが目玉である。９つのブロックに分かれたチームが色とりどりの衣装を着て、グランドで華麗な踊りを披露する。来週は、金〜日曜の３日間、文化祭が行われる。こちらのメインは、３年生の演劇だ。音...</description>
    <dc:date>2008-09-06T06:06:11+09:00</dc:date>
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    <title>673 小幡城跡</title>
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    <description>　名鉄瀬戸線のひょうたん山駅から北に向かい、守山中学校、西城小学校のさらに北側の住宅地の中に小幡城跡の案内表示が立っている。守山大地の西北辺で見晴らしの良いところである。
　大永２年(1522)織田敏信・信安の臣、岡田与七郎重篤が築城したといわれているが、その子与九郎重頼が築城したともいわれ、その子助左衛門重善が城主となり、重善が星崎城主(南区本星崎町)に転封するまで岡田氏の居城であった。また重善の弟良沢は大永寺(現守山区大永寺町)七世の住職になっており、長島城にて織田信雄に謀殺され、小牧長久手の戦いの...</description>
    <dc:date>2008-09-05T17:56:16+09:00</dc:date>
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    <title>672 長塚古墳</title>
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    <description>　茶臼山古墳から西に向かい、名阪道に架かる横断路を渡り、しばらく行くと住宅地の中に小幡長塚古墳がある。名鉄喜多山駅から北西の方向である。龍泉寺街道小幡ヶ原交差点から東へ700mの地点で、小幡丘陵が平坦な標高30m程の小幡台地になる辺りである。
　小幡長塚古墳は、全長約81m、後円部径38m、高さ7.5m、前方部幅42m、東側くびれ部に造り出しが認められる。現在周濠部は一部窪地があるものの埋め立てられているが、昭和11年の記録によればかなり大規模な二重の堀が有ったことが確認される。内部構造は不明であるが、円筒埴輪片が...</description>
    <dc:date>2008-09-04T09:13:24+09:00</dc:date>
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    <title>671 茶臼山古墳</title>
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    <description>　八剱神社から西に向かい、東名阪道の東側の歩道に沿って歩いて行くと自衛隊の官舎がある。緑丘商業高校の南の位置である。官舎の東側に崖があり、そこに茶臼山古墳の案内標識が立てられている。削り取られて崖になった小山が古墳である。
　茶臼山古墳は、標高50m程の小幡丘陵の尾根の先端を整形し築造された全長63m、後円部径40m、造り出し部が有る幅６m程の周濠を持つ２段築造の前方後円墳である。後円部西側から前方部は大きく道路、民家で削られ、西側の崖面では突き固めた土の層がよく解る。
　地元では大正時代の盗掘時、金製...</description>
    <dc:date>2008-09-03T09:12:51+09:00</dc:date>
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    <title>670 斎穂社</title>
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    <description>　法輪寺から東に向かう。天理教の教会の南の位地にあたるところに斎穂社と千手観音がある。
　天武天皇の白鳳５年(676)新嘗祭に供えられる新穀を作る斎忌（すき）斎田が、尾張旭市の印場渋川に設けられた（尾張旭市印場の渋川神社には、「天武天皇悠紀斎田跡」の記念碑が建てられている。また、印場という地名は、斎場からきている。斎場という氏名もまた同様である）。
　斎穂社というのは、刈り取った稲穂をこの地で精選し天皇に献上したことに由来している。また、同社は、伊保利里(いぼり)塚、疣(いぼ)塚とも呼ばれている。一時荒...</description>
    <dc:date>2008-09-02T09:12:11+09:00</dc:date>
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    <title>669 法輪寺</title>
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    <description>　大森寺から東に向かい、名鉄の線路を南に渡って、さらに東に行くと「法輪寺」がある。山号は仏日山。本尊は釈迦如来。曹洞宗の寺である。
　元々は貞観２年（860）大森城主尾関勘八郎の手により現在地から南へ1km余り、元郷地区に創建された天台宗の尼寺「正宗庵」に始まる。その後、荒廃していたのを、天文３年(1534)に雲興寺七世住職大雲永瑞が再建し、「正法寺」と名付けた。天正12年(1584)小牧・長久手の戦いで寺は再び荒廃したが、寛文年間(1661)徳川家の家老酒井忠次により現在地に再建された。安永３年(1774)になって寺号を現...</description>
    <dc:date>2008-09-01T15:41:24+09:00</dc:date>
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    <title>668 大森寺</title>
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    <description>　八剱神社から東に向かうと左手に大きな山門が見えてくる。大森寺（だいしんじ）だ。小本寺格で知恩院末寺「興旧山」と号し、尾張二代藩主徳川光友の創建になる。寛永11年（1634）光友の生母乾（いぬい）の方が江戸で亡くなったので、小石川伝通院内に一寺を築いて「観喜院」と号した。その後、光友が２代尾張藩主となり、寛文元年（1661）大森の地に院を移し「大森寺」と称した。山門に光友自書の「興旧山」の額をかかげ、信誉大竜大和尚を開山とした。光友が「たやすなよ大森寺の鐘の声　たとえこの世はかわり行くとも」と詠んで、...</description>
    <dc:date>2008-08-31T17:38:03+09:00</dc:date>
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    <title>667 八劔神社</title>
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    <description>　名鉄瀬戸線大森金城学園前駅から金城学院大学方向に向かい、最初の交差点の西北角に八劔神社がある。東側の社務所が大森会館となっている。南側に鳥居があり、見上げると参道の階段が延々と続いている。社殿は、高い丘の上にある。
　八劔神社は、このあたりを支配していた豪族である山田連（むらじ）によって延暦12年（793）に大森北八劔に創建され、その後中町田に移されたと伝えられている。昭和２年（1927）現在地に移された。
　祭神は、須佐乃男命、日本武尊、天火明命。元来の祭神は、尾張氏の祖神の天火明命である。山田連一...</description>
    <dc:date>2008-08-30T17:37:15+09:00</dc:date>
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