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    <title>あくがれありく</title>
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    <description>「名古屋なんでも情報」を改めて「憧れ歩く」とする。古語では「あくがれありく」と発音する。・・・何かに心をひかれ、家を出て彷徨う様子をいう。これからこのブログはテーマを決めずにあちらこちらを彷徨い歩いてみることにする。</description>
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    <title> 118 町並みその２</title>
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    <description>　「常滑フィールド・トリップ」の作品を見ながら「やきもの散歩道」をぶらぶら散策する。まちごとアートの会場にしてしまうという試みは面白いし、若い学生たちに場所を提供している常滑の懐の深さに感心する。

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だんご屋さんは健在だ。

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陶器工場の建物の間を散策する。

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この工場の中で「常滑フィールド・トリップ2009」の案内と作品の展示を行っていた。

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床に常滑の地図を描き展示場所のポイントが示してある。

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こちらは、床に大量の砂を入れて、砂浜をイメージした作品である。北浦智恵「海...</description>
    <dc:date>2009-11-23T16:43:00+09:00</dc:date>
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    <title> 117 七福神と町並み</title>
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    <description>　街角に陶製の七福神が並んでいる。「日本最大級　陶彫　大七福神」との案内板が掲げられている。陶彫の技術と伝統を継承しようという常滑陶彫会による共同製作作品である。
　あちらこちらを見渡すと陶器工場の煙突や古い立派な造りの住宅もぽつぽつと残っている。　

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陶彫大七福神。

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案内板。

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なかなか精緻に仕上げられている。

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通りから煙突が見える。

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構えの立派な商家や３階建ての住宅も見える。

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格子のはまった古い住宅も残っている。</description>
    <dc:date>2009-11-22T16:42:00+09:00</dc:date>
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    <title> 117 とこなめ招き猫通り</title>
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    <description>　10月の中頃、「常滑フィールド・トリップ2009」が開催されているというので久しぶりに常滑を訪れた。名古屋芸術大学の平田哲生さんの街角に据えられた作品をぜひ覗いて見ようと思った。名鉄常滑駅から東に向かい、「とこなめ招き猫通り」を歩く。道路のコンクリート斜面に陳列されている様々な招き猫に、ふーんとか、なるほどと感心しながら見入った。

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とこなめ招き猫通り

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とこなめ招き猫通り

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近藤てるみ「縁結び」

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山田のや「晴天祈願」

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栢野紀文「心願成就」

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早川さとみ「開運招...</description>
    <dc:date>2009-11-21T09:59:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://white.ap.teacup.com/syumoku/1486.html">
    <title> 116 實成寺山門・本堂</title>
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    <description>　鎌倉街道をさらに南に行くと実成寺がある。山門は国の登録文化財である。四脚門で、切妻造、本瓦葺、柱は全て上下端で丸く細めた粽（ちまき）付円柱である。主柱は棟木近くまで延ばし、柱間の内法に虹梁を渡し、両端に大型の木鼻（きばな）を出す。柱頂には頭貫と厚板状の横材である台輪（だいわ）を通し、妻には蟇股（かえるまた）の足のような形をした装飾材の笈形（おいがた）を置く。主柱と控柱の間には腰貫・頭貫・虹梁を渡し、現在は補強のため腰貫・頭貫間に鉄板を嵌め込んでいる。扉は主柱脇に立てた方立（ほうだて）に板戸...</description>
    <dc:date>2009-11-20T07:44:00+09:00</dc:date>
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    <title> 115 光明寺</title>
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    <description>　飛梅天神の西側には、時宗の光明寺がある。一遍上人の直弟子遊行２世他阿真教を開基とするといわれ、創建は弘安５年(1282）と伝えられる。。他阿（たあ）は、九州で時宗の祖一遍に師事して以来、一遍の諸国遊行に従う。正応２年（1289）に一遍が亡くなった後、いったん解散した時衆を再結成して引き連れ、北陸・関東を中心として遊行を続けた。嘉元２年（1304）遊行を３世量阿（智得。のち他阿号を世襲）に譲り、自らは相模国に草庵（後の当麻道場金光院無量光寺）を建立して独住し、そこで没している。
　光明寺は、その後、72の僧...</description>
    <dc:date>2009-11-19T08:51:00+09:00</dc:date>
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    <title> 114 三嶋神社・飛梅天神</title>
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    <description>　妙勝寺から鎌倉街道をさらに南に行くと三嶋神社がある。
　三嶋神社は、伊予大三島の大山祇神社もしくは伊豆三嶋大社に連なる神社である。祭神は大山祇神か事代主神である。
　関東・伊豆には、源頼朝が伊豆三嶋大社を崇敬していた関係から、鎌倉武士により伊豆三嶋大社より勧請されたと伝える三島神社が多い。
　一方、愛媛県には百社を超える三島神社があり、これらは大三島神社（三島大明神）を祖神として崇敬していた村上水軍（三島水軍）の越智氏により勧請されたものである。
　萱津の三嶋神社は、伊豆三嶋神社から勧請された...</description>
    <dc:date>2009-11-18T08:43:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://white.ap.teacup.com/syumoku/1507.html">
    <title> 113 妙勝寺</title>
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    <description>　妙教寺の南隣に妙勝寺がある。日蓮の弟子の日妙により、弘長元年(1261)に創建されたという。かつては三十房もある大寺院であったそうだ。妙教寺も妙勝寺の房のひとつであったのだろう。
　最初は真言宗で密勝寺と称していたが、日蓮と法論すること三昼夜、ついに日蓮に心服した日妙は、日蓮宗に改宗し、長正山妙勝寺と寺名を変えた。萱津の寺院の中で最も広い境内地を有している。
　また妙勝寺の庫裏は、文禄４年（1595）清洲城主であった福島正則が、清洲城の長屋一棟を寄進したものであるといわれている。また、山門は、四足門で...</description>
    <dc:date>2009-11-17T08:21:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://white.ap.teacup.com/syumoku/1506.html">
    <title> 112 妙教寺</title>
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    <description>　正法寺から鎌倉街道を南に行くと日蓮宗の寺院がいくつもある。妙教寺、妙勝寺、実成寺などである。最初に通り沿いにあるのが妙教寺である。境内に妙見大菩薩の祠があり、たくさんの幟旗がはためいていた。一見、お稲荷さんかと思ったが、妙見信仰は別物であるようだ。
　妙見菩薩は、仏教における信仰対象である天部の一つで、妙見尊星王、北辰妙見菩薩とも呼ばれる。北斗七星信仰との習合で生まれたもので、北極星の神格化であると言われている。
　中世においては千葉氏や九戸氏が妙見菩薩を一族の守り神としており、千葉氏の氏神...</description>
    <dc:date>2009-11-16T08:14:00+09:00</dc:date>
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    <title> 111 正法寺</title>
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    <description>　萱津神社前の鎌倉街道を少し南に行くと正法寺がある。正法寺縁起では、天平勝宝年中(749〜756)萱津神社の社僧が寺を建立したとあるそうだ。近世、元和元年(1616)曹洞宗に改宗。また境内にある水掛地蔵は、別名「夜泣地蔵」とも呼ばれ、元は鎌倉街道の一里塚に存在したと伝えられている。門前の辻地蔵は、基礎正面に「海東郡上萱津村」、裏面に「安永七戌一月二十四日」（安永７年は1778年）と刻まれている。また、右側面には「若者念仏講中」とある。
　また、この寺には「藤姫」の伝承を伝える「藤塚」がある。「藤塚」は、もともと...</description>
    <dc:date>2009-11-15T08:08:00+09:00</dc:date>
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    <title> 110 鎌倉街道</title>
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    <description>　萱津神社の前の通りは、鎌倉街道と推定されている。鎌倉街道は、江戸時代の東海道が開ける以前の街道で、政治の中心地である鎌倉と経済・文化の中心である京都を結ぶ鎌倉時代の幹線道路であった。
　甚目寺町を通る鎌倉街道には二つの道があり、ひとつは、京都から不破関を超える美濃路で、近江から美濃・垂井・赤坂・墨俣・尾張黒田・一宮・折戸（下津）を経て萱津に至った。
　もうひとつは、京都より近江に出て鈴鹿山を超えて伊勢に入り、津島の渡し（現在の津）を渡って萱津に至る。
　萱津から東は、庄内川を渡り、熱田・鳴海・...</description>
    <dc:date>2009-11-14T09:24:00+09:00</dc:date>
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