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    <title>あくがれありく</title>
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    <description>　「名古屋なんでも情報」を「憧れ歩く」と改めた。古語では「あくがれありく」と発音する。（『源氏物語』野分の章　夕霧の場面）」
・・・何かに心をひかれ、家を出て憑かれたように彷徨う様子をいう。
　これからこのブログは、テーマを決めずにあちらこちらを彷徨い歩いてみることにしよう。
　「けふもまたこころの鉦をうち鳴しうち鳴らしつつあくがれていく」（牧水）</description>
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    <dc:date>2012-02-15T04:46:35+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://white.ap.teacup.com/syumoku/1831.html">
    <title>頼山陽「山紫水明処」</title>
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    <description>　府立医科大学から河原町通を南下し、丸太町通を東に向かうと鴨川の手前の道路上に「頼山陽書斎　山紫水明処」の石柱がある。「此北側右」とあり、行ってみるがそれらしき建物が見つからない。仕方がないので鴨川の河原の方に廻ると茅葺き屋根の建物が見え、『山紫水明処』のようである。頼山陽の書斎兼茶室として使われた建物で、頼山陽は、文政５年(1822)にこの場所に移り住み、晩年を過ごした。この書斎で『日本外史』や『日本政記』の執筆が行われた。
　『山紫水明処』は、山陽の死後、人手に渡るが、明治の中頃再び頼家の所有と...</description>
    <dc:date>2012-02-15T00:01:00+09:00</dc:date>
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    <title>京都府立医科大学旧図書館</title>
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    <description>　「廬山寺」から少し下り、左折して河原町通に出るとそこが京都府立医大前である。府立医大のロータリーの南側に「京都府立医科大学旧図書館」の建物が建っている。昭和４年（1929）竣工。設計は、京都市営繕課。鉄筋コンクリート造り、地下１階、地上３階建て。中央部分はスクラッチタイル貼りで、両脇部分は石造り風。玄関や窓の上部は尖頭アーチ型で、１階から３階まで連なる縦長窓を持つゴシック様式の建物である。内部にはアール・デコ意匠のステンドグラスが使われている。現在はクラブ活動や学生生協が利用している。
【上京区...</description>
    <dc:date>2012-02-14T00:01:00+09:00</dc:date>
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    <title>廬山寺</title>
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    <description>　「同志社大学 フレンドピースハウス」から南に下り、左折して寺町通に出てさらに南に下っていくと「梨木神社」があり、その東側に「廬山寺」がある。この地は、考古・歴史学者角田文衞氏により紫式部邸跡とされた。平安時代に堤中納言藤原兼輔が住み、のちに兼輔の曾孫である紫式部が住んだ邸宅堤第（つつみてい）があったとされ、源氏物語をはじめとするすべての著書がここで書かれたという。
　時を経て、豊臣秀吉の寺町建設によって天正年間に「廬山寺」が移転されてきたのである。「廬山寺」は、比叡山天台18世座主慈恵大師良源...</description>
    <dc:date>2012-02-13T00:01:00+09:00</dc:date>
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    <title>同志社　フレンドピースハウス</title>
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    <description>　同志社女子大学正門前から今出川通に出て東に向かう。寺町通の一本西側を京都御所に沿って南に下っていくと、通りの東側に「同志社大学 フレンドピースハウス」がある。
　明治５年（1872）に来日し、同志社の宣教医となったジョン・Ｃ・ペリーの旧自邸である。ペリーは、明治20年（1887）開業した同志社病院と京都看病婦学校の院長と校長を兼務した。ペリーの旧自邸は、明治20年（1887）に竣工。木造２階建、桟瓦葺、外壁を下見板張とし、北面に切妻造の玄関を設け、南面から西面には１・２階とも開放的なヴェランダを廻した洋風意...</description>
    <dc:date>2012-02-12T00:01:00+09:00</dc:date>
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    <title>同志社女子　栄光館</title>
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    <description>　「ジェームズ館」の東、同志社女子大学正門前に建っているのが「栄光館」である。設計は、「ジェームズ館」と同じ武田五一である。昭和7年（1932）竣工。鉄筋コンクリート造地上２階、一部３階、地下１階建。瓦葺。中央玄関上の庇とテラス高欄に浅彫を施し，その上部に大規模な八角塔屋を冠している。玄関と背面に突出する講堂の内部意匠は秀逸である。
　米国人ファウラー家の寄付をもとに建てられた建物で、約1,600名収容できる講堂（ファウラーチャペル）にはカナダ・カサバン社製のパイプオルガンが設置されている。毎日の礼拝や...</description>
    <dc:date>2012-02-11T00:01:00+09:00</dc:date>
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    <title>同志社女子　ジェームズ館</title>
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    <description>　同志社大学から東の同志社女子大学へ歩いて行くと、生け垣越に「ジェームズ館」が見えてくる。正門玄関の受付で、校舎の外からのみ撮影という許可をもらって、女子大の校内に入った。
　「ジェームズ館」は、米国ジェームズ家の寄付によって、大正３年（1914）に建てられた。設計は、武田五一。同志社女子大学では、現存する最古の建築で、煉瓦造２階建一部地下１階、瓦葺の校舎建築である。
　外壁は、赤レンガ積に花崗岩の白い水平ラインを配したシンプルなデザインである。正面玄関に歯飾をあしらった櫛形ペディメント（正面上部...</description>
    <dc:date>2012-02-10T01:00:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://white.ap.teacup.com/syumoku/1823.html">
    <title>同志社　新島遺品庫</title>
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    <description>　「啓明館」の南東に「新島遺品庫」がある。これもW・M・ヴォーリズの設計である。昭和15年（1920）竣工。当初は、陳列室と収蔵室の２部屋であったが、平成７年（1995）に「ハリス理化学館」に常設展示場（Neesima Room）が開設されたので、現在は全体が収蔵庫となっている。新島襄関連の書簡、日記、ノート類、説教・演説草稿、公務記録・文書、軸物、絵画などや同志社関係資料、約6000点が収蔵されている。
【京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町】昭和15年（1920）


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    <dc:date>2012-02-09T00:01:00+09:00</dc:date>
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    <title>同志社　啓明館</title>
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    <description>　「アーモスト館」の南、今出川東キャンパスへの入口に「啓明館」がある。私が入学した頃は、図書館でありよく利用した。在学中に新図書館が建築され、研究棟となった。
　「啓明館」もW・M・ヴォーリズの設計で、大正４年（1915）に旧図書館、その後、大正９年（1920）建てられた本館と合体して大学図書館（「啓明館」）となった。図書館は鉄筋コンクリート４階建て、本館は５階建て。スレート葺の切妻屋根とし、南西隅の塔は入口ホールと階段室となっている。入口上部の重厚なアーチ形庇など洗練された意匠である。国登録有形文化財...</description>
    <dc:date>2012-02-08T00:01:00+09:00</dc:date>
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    <title>同志社　アーモスト館</title>
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    <description>　同志社大学今出川西キャンパスの東門を出て、北の相国寺に向かう通りの東側に「アーモスト館」がある。「アーモスト館」は、新島襄の米国での母校アーモスト大学との友好関係から、昭和７年（1932)W・M・ヴォーリズの設計により建てられた学生寮である。資金は、夭折したアーモスト大学の学生の母親やアーモスト大学の卒業生からの寄付によった。
　マンサード（腰折れ）屋根を戴いた鉄筋コンクリート２階建てあるが、壁面は他の同志社の建築物に合わせて煉瓦を積んだジョージアン・コロニアル・スタイルである。白いローマウィンド...</description>
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    <title>同志社　致遠館</title>
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    <description>　「有終館」の東側に「致遠館」がある。同志社に４棟あるヴォーリズの作品のうちのひとつである。ヴォーリズは、日本に赴任して以来、同志社の宣教師たちと親交をもち、建築設計を行っている。大正５年（1916）にまず「致遠館」が建てられた。赤煉瓦に白石のストライプ、飾り窓や玄関は白の御影石で装飾され、シンプルながら調和のとれた姿である。「致遠館」の命名者は徳富蘇峰で、彼の手になる扁額が今も建物の入口に掲げられている。
【上京区今出川通烏丸東入ル玄武町601 】大正５年（1916）

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