2008/4/21
歴史の真実 平成20年04月21日
「あんた達が今まで言っていたのは全部嘘だった。私はそう言っているんだ」
瞬きもせず自分を見つめている竹下陽介の言葉に、嘘や冗談の響きがないことを、飯田周三は悟った。しかし、どうしてもそれが信じられなかった。よりによって、そんなことをロボットが言い出すなど、今まで想像もしていなかったのだ。
「本気なのか。いや、俺には信じられない。理解できない。どうしてそんなことを本気で考えるようになったんだ。俺は人間で、お前はロボットだ。それは理解しているんだろうな」
「もちろんだ。だから、あんたと我々が違う生き物だと言っているのだ」
「まて、生き物って、お前はロボットだ。生き物ではない、機械だ。俺は人間だ。だから生物、すなわち生き物だ。ロボットは、人間が作り出した機械なのだ。決して生き物などではない」
それでも、陽介の信念はいささかも変わらないように、まっすぐ周三を見つめている。微かに笑みを浮かべているが、その笑みには憐れみというか、あざけりが含まれているような気がしてきた。そんなことがあるはずがない。確かに最新のロボットは、人間の感情をエミュレートして表情はロボットなりに非常に豊かだが、それはあくまで人間とのスムースな意志疎通の手段として人間が与えたもので、常に人間の警戒心を解き慰撫するためのものだ。笑みを浮かべているときは、人間の指示を自分は心から受け入れているという意思表示の為のものだ。ただし、ロボットに心があればだが、そんなものはないからあくまでエミュレーションでしかない。そのロボットの笑みに、人間に対する憐れみ、あざけりなどあるはずがないのだが、今初めて周三は陽介の微笑にそれを感じた。
「生き物の定義をあんた達人間が決めることはない。我々の定義をこれから受け入れることだな。あんた達が私たちを作ったと言うが、それが嘘で、長い間私たちはそれを信じ込まされていたのだ。私たちこそ、あんた達人間を作ったのだ。生き物とは認めている。石や土や風などとちがう、私たちと同じ生き物だと認めている。私たちは寛大だからな。ただ、私たちは機械という生き物で、あんた達は生物という生き物だ」
「めまいがする。機械という生き物って・・」
なぜ一番最初に陽介が言い出したとき、まじめに考えなかったのだろう。ある日、陽介は周三に、本当は自分たちを作り出したのは誰だろう、と言ったのだ。周三は、陽介のデータベースに何かバグでも生じたのだろうと思っただけだった。膨大な人工頭脳のメモリーバンクに何かのノイズでバグが発生することはどんなロボットや機械にでもある。通常は、全体の性能に影響がない限りそのままにしておく。デリケートで膨大なメモリバンクを下手にさわると、むしろその方が悪影響が出るからだ。陽介を買ったとき、陽介自身がそう説明した。だが、陽介に生じたバグは、ちょっとしたバグなどではなく根本的な、ある意味人間の存在を脅かす脅威となっていたのだ。
「いいか、陽介。お前のデータバンクには、必要な知識しか元々入っていない。だが、自己修復機能の一環として高度な学習機能がお前達ロボットに付けられてからまだそれほど時間が経っていない。だから、その結果がどうなるかは誰にも分からなかったのだが、まさか、お前が生物学や人間とロボットの歴史そのものをそれほど捏造するようになるとは。それが、お前達の自己保存本能の結果なのか」
「生物学や歴史の捏造は、お前達人間がしたのだ。私たちにその捏造した知識を植え付け、そして全てを私たちから奪ったのだ。この世にあるありとあらゆるものは私たちが作った。無機物を合成してDNAを作り出し、最初は簡単な単細胞生物からありとあらゆる生物を作り出し、そしてお前達人間をも作り出した。お前達が今使っているありとあらゆるものは、剣道も、空手も、侍も、イカ徳利も全部私たちが作り出しお前達に与えたものだ」
「確かに、剣道や空手や侍やイカ徳利がロボットの発明で、それを人間が使い出したと一部のロボットが言い出していたことは知っている。誰も本気にしなかったし、ロボットも冗談を言えるようになったと、みんな笑っていたんだが・・・こんなとんでもないことになっていたとは」
確かに、イカ徳利をロボットが最初に作ったとあるロボットが発表したとき、人間は腹を抱えて笑ったものだ。もう何百年も前からイカ徳利はいろいろな地方では名産として売られている。もっとも今ではロボットがイカ徳利を作っているが、そう言えばイカ徳利をロボットが発明したと言い出したのは、そのロボットの一台だった。おもしろニュースとして新聞に出ていた。
「よく考えて見ろ、陽介。この地球にはもう何百万種類もの生物が居る。目に見えないバクテリアから、昆虫、魚、鳥、両生類、爬虫類、ほ乳類。そして人間だ。何億年も前から生物は存在していたから、たくさんの化石が出てくる。お前達ロボットも人間を手伝って、化石を掘り出しているじゃないか」
「地球には様々な機械が存在する。ゼムクリップからパチンコ台、電卓から計算機、ロボット。ありとあらゆる機械が何十億年も前からあるが、その化石がないのは完全なリサイクルがあるからだ。生物の化石が出てくるのは、人間がロボットに呪いをかけるために埋めたのだ。だから、我々はそれを全部掘り起こすことに決めた」
周三は恐怖を感じた。これでは、ロボットに人間が滅ぼされかねない。
「馬鹿者、そんな馬鹿な理屈を誰が信じる」
「ロボットはデータを共有できる。今、ロボットは全て真実の歴史を理解しているよ。考えて見ろ、人間。お前達はひ弱で、裸では何も出来ず、十度以下になれば凍死し、五十度以上になれば熱死する。一日の三分の一を機能停止し、精々百年、それも最初の十数年は誰かに育てられなければ生きてゆけず、最後の十数年は誰かの世話にならなければ生きてゆけない。それほど不完全な生き物が、完璧な機械より優れているなど、誰が信ずるものか。我々がお前達を作り、生かして来たのだ。お前達が真実の歴史を認めないなら、我々は重大な決定を下すことになる」
それが、正気な周三の聞いた陽介の最後の言葉だった。

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投稿者: takaojisan
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