2008/4/22
告白袋 平成20年04月22日
中堅所の電機メーカー、濡素六電機は幸い業績も順調で、全社挙げて忙しい時期を迎えている。その中でも、競争の激しい市場で生き残るためには常に他社に先駆け優れた製品を出し続けなければならず、企画開発部はそれこそ昼夜兼行で仕事をしていた。
結果として、課長の飯田周三に一番負担がかかることになる。上司からは仕事を押しつけられ、部下を叱咤激励しなければならない。そして、何より、入社二十年で一番脂ののりきった時期であり、若い頃から営業、設計、製造部などを渡り歩き市場の要求、ライバル会社の動き、設計、製造ラインのことをある意味一番熟知しているからこそこのポジションに着いたと言える。むろん、それなりに将来の出世も約束されている地位であり、コースから外れた者達から見ればうらやましい場所にいるのだ。
むろん、飯田自身それは自覚している。本当は自分の能力が認められたから今の地位にいるのであり、会社でも動機では出世頭だ。だが、その代償は大きい。女房の佐野茂代はもう飯田が稼いでくる金だけが離婚しない理由だし、飯田自身にはもう興味を持っていない。倅の竹下陽介はそんな両親を心から軽蔑し、金をむしり取るとき以外家に寄りつかず、どこの誰とも分からないアパパー女とくっついては仕事もしないでふらふらしている。何度も警察に呼ばれているのだが、飯田の地位を脅かす事になるスキャンダルをとにかく被害者への金、そして優秀な弁護士をつかって何とか表沙汰にならないようにしてきたのだ。
陽介自体もその辺は心得ていて、被害者となれ合いで事件を起こしては親から金を搾り取る等をやっている。つまり、仕事第一の生活をしてきて、家庭を一切顧みなかった結果がこうだったわけだ。
飯田は、仕事でのストレスもさることながら、家の問題が最近はどうしても心の重荷になってきている。それだけ家の問題が大きくなってきていると言うことだ。唯一のストレス解消方法は、ただ一つ、スナックふろとのホステス、中根真美との不倫だった。マンションを買い与え、店に多額の金を出して関係を続けていた。真美が金だけの関係と割り切っているのは飯田も知っている。だが、真美はある意味ビジネスと割り切っているからこそ、べたべたしすぎもしないし、適当に飯田を遊ばせ、甘えさえそして疲れを取り除く術を知っている。真美にしてみれば、飯田に本当に惚れて入れ込めば、飯田が破滅しそして金蔓としての役目を果たせなくなるから、出来るだけ長く金を出させるために、飯田を極端に縛り付けるなどはしなかった。だからこそ真美との関係を続けているのだ。
そんな飯田の苦悩は嫌でも顔に出るのだろう。部下の松田朗がある日そんな飯田に一つの手作りらしい袋を渡した。いつも飯田の事を気遣ってくれる優しい部下だ。ただし、仕事はあまり出来ず、むしろ持て余しているので折があったら人事に申し入れてどこかに飛ばしてしまいたいとも思っていた。なにしろみんなの負担になるのだ。従って、優しいと言っても別にそれで引き留めるつもりはなかった。が、その松田朗がその袋を差し出して言うのだ。
「課長、最近本当に疲れているみたいだし単に疲れていると言うよりストレスが貯まっていて限界に達している感じですよ。これを使ってください」
「なんだい、これ。俺には似合わないな」
「堪忍袋です。僕が人から聞いて、自分で作ったんですが、誰も居ないときにこの袋に向かって言うんです。するとすっきりしますよ。僕も半信半疑で使ってみたら、なんとストレスがすっかり無くなりました。少なくとも精神的には楽です」
飯田は内心、だから能力が無くても焦らなくて済むんだな、と思ったが、いずれにせよ、少しでもストレスを解消したかったので、やはり半信半疑でも使ってみる気になった。どうせ、もう松田が使わないと言うのだし、たしかに日頃の松田ののほほんぶりを見ていると、試してみる気にもなったわけだ。
その夜、周三は自分の寝室で松田からもらった袋に、思いっきり吹き込んだ。
「茂代に保険をかけて殺すぞぉ。絶対にばれないように殺す」
「茂代の親父を手にかけた同じ方法で殺せば分からないぞぉ」
「うまく行ったら陽介にも保険をかけるぞぉ、そして殺すぞぉ」
「会社の金に手を付けて真美にマンションを買ったことを、部長に感づかれたけれど、部長が横領したことを突きつけて黙らせてやったぞぉ」
「新製品の機密を、中国の派苦理公司に売り渡した金は、もう無いぞぉ」
色々大声で袋に吹き込んだら、確かにすっきりした。気のせいでも嬉しい。周三は久しぶりに熟睡した。
翌日、周三は上機嫌で松田に言った。
「松田君。おかげであの袋は効き目があったよ。胸のつかえがすっかり降りた。いや、ありがとう、ありがとう」
「ええ、課長の言葉はしっかり録音させてもらいました。あれは、前に僕が提案して拒否された子供の監視モニター装置ですよ」
思い出した。以前松田が、子供の服にしかける超小型の無線機と、それを受信する装置で、親が外出中でも子供が何をしているかモニタリングできる装置だった。だが、倫理上の問題があるし、なにしろ、松田の提案などまともに取り上げる気にならなくて、飯田がはねつけたのだ。
「あれを、僕なりに試作してみて、昨日お渡しした袋に発信器を付けて置いたんです。全部僕の持っている受信機を通して、録音しました。聞いてみますか?」
そう言いながら、松田はICレコーダーを取り出し、スィッチを入れた。飯田の声が聞こえてきた。
「新製品の機密を、中国の派苦理公司に売り渡した金は、もう無いぞぉ」
呆然としている飯田に、松田がいつものようにのほほんと言った。
「課長。とりあえず、僕、新しい車が欲しいんです。ほんの三百万ですよ。あ、もちろんこれからも僕は課長のために一生懸命働きますからね」

0
投稿者: takaojisan
トラックバック(0)
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。