2008/4/23
捜査 平成20年04月23日
捜査も大詰めに入り、濡素六署刑事一課課長、松木和男警部補は、部下達に綿密な指示を与えていた。
「いいな、もうすぐ科捜研から結果が出てくる。竹下陽介のゲソ痕や指紋が現場のものと一致すれば、すぐに逮捕状を請求する」
「手っ取り早く、ガラを押さえて吐かせたらどうなんでしょう」
「どうやって?あの竹下は周囲では評判のいい男だ。まさかあいつが金貸しの佐野婆さんをタタキ殺して金を奪ったなど、誰も想像しない。そんな竹下を任意で引っ張って叩いたところで、のらりくらりと逃げられる。それだけ芝居が身に付いているんだ」
「でも、どうせ現場のゲソ痕や指紋が絶対的な証拠になるじゃないですか」
若い捜査員、松田朗巡査長が食い下がる。いい加減竹下に張り付くのに飽き飽きしているのだ。まだ刑事は脚で稼ぐことが身に付いていないのだ。
「いいか、松田。少しでも裏付けになる証拠が欲しいんだ。今奴を引っ張って締め上げても、奴のような図太い奴がゲロするわけがない。もちろん、ゲソ痕や指紋は証拠になるだろうが、奴が佐野婆さんの家に行ったことがないとは言いきれない。それに、奴のアリバイも曖昧だ。曖昧だと言うことは、もしかしたらアリバイがあるのかも知れない。だから、奴が立ち回る先々で、奴のアリバイがないことをあらかじめ確認しておけば、いざとなって奴が逃げようとして嘘を言っても、それを証拠に突きつけることが出来る」
「なるほど。とにかく可能な限り裏を取ることが先だというわけですね」
「そうだ。任意で締め上げるよりもその方がよほど裁判でつかえる証拠になる。分かったな。分かったら行け」
捜査員達がそろってそれぞれへ散ってゆくのを見送りながら、松木は、竹下にわっぱを打つのも精々数日以内のことだと思った。なにしろ、犯行現場となった茂代の家の居間は殴り殺された茂代の血が一面に流れ出ていて、しかも犯人は手袋をしていたのか、採取できる指紋が無く、ゲソ痕とおぼしき痕も血がその上に流れ出ていて採集がほとんど出来なかったのだ。
だが、執念で現場をはいずり回った鑑識の努力が実を結び、一面の血の下に微かな足跡を再現することが出来、いくつか非常に不鮮明なゲソ痕の採集に成功したのだ。いくつかのゲソ痕を組み合わせコンピューター処理をしてなんとか判別可能なイメージを作り上げた。
一方、佐野の家から少し離れたどぶ川の中から凶器と思われる青銅の灰皿が見つかった。佐野茂代は普段からタバコを吸うし、茂代の家で見たことがあるとの証言から茂代の家から持ち出された灰皿であり、ついていた血痕が茂代の物であることが確認された。そして、その灰皿からやはり非常に不鮮明だが指紋が検出されたのだ。
これらゲソ痕と指紋が竹下のものであるかどうかは、濡素六署では確定できず、警視庁の科学捜査研究所に送られ、二,三日中に結果が帰ってくることになる。それまでに、もう少し竹下の行動をつかんでおく必要があったのだ。様々な聞き込みや調査から、見かけの善良そうな竹下がギャンブルにのめり込み多額の借金をしていたこと、そして最近どうも借金を返した形跡があることなどが分かったが、闇金である佐野茂代は全く記録を残していなく、従って本当に竹下が佐野茂代から金を借りていたのかどうかも確認できていない。佐野茂代は常に現金でやりとりをしていて、振込は使わない。証拠を残さないためだが、そのためにも手元に常に大金を置いていることは誰にでも想像できたはずだ。実際佐野茂代の部屋からはまとまった金は発見されていないから犯人が持ち去ったと思われた。
とにかく、あと何日かで全て終わる。捜査員達も地道に捜査を続けている。そう思うと松木課長はやっと顔がほころんでくるのを覚える。事件が解決したら、みんなをねぎらって盛大に打ち上げをするのだ。そう思いながら松木が湯飲みから茶を一口飲んだところへ、受付から電話が来た。
「課長。例の殺人事件で自首をしたいという人が来ています」
「なに、竹下陽介か」
「いえ、飯田周三と言っています。佐野茂代さんを殺したのは自分だから、自首をしたいとのことです」
「そんな馬鹿な。とにかく、すぐ行くから押さえていてくれ」
その後、取調室で飯田周三は全てを白状した。佐野茂代の家に行って、出てきた茂代に包丁を突きつけ脅して家の中に入り込み、金庫を開けさせ中の金を奪ってから、そこにあった灰皿で殴り殺して出てきた。灰皿は逃げる途中で棄てた。それだけのことだった。
「あのう、課長。結局竹下陽介は何だったんでしょう。ゲソ痕も指紋も奴のものではなくて飯田のものだったし」
松田が言うのも尤もだった。竹下にはアリバイがあったし、ギャンブル狂いで借金まみれというのもたまたま聞き込んだ奴が竹下に逆恨みをして嘘を言っただけのことだった。本当に竹下は善良そのものの男だったのだ。
「な、俺が竹下を引っ張るのは早い、裏を取ってからだと言った意味が分かったろう、松田」
松木課長は、その夜打ち上げの時上機嫌で松田に言った。

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投稿者: takaojisan
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