2008/4/26
孤立 平成20年04月26日
このところ、世界中が移住の話題で持ちきりだ。そもそもこの世界が人類の生存を支えるには限界に近づいていて、新しい惑星に移住しなければならないとはずうっと前々から言われていたのだ。
「茂代、聞いたか?俺たちもしかしたら新しい惑星に移住することになるかも知れないぞ」
仕事から帰ってきた飯田周三は、女房の佐野茂代に行った。茂代は夕食の準備を終えて作った物をテーブルに並べているところだったが、何しろ妊娠五ヶ月目なので動きがのろい。周三はすぐ着替えて、それから茂代を手伝いながら話を続けた。
「全部政府の言うことだから俺たちにはそれがどういう事か完全には分からないけれど、政府の話だととにかく今よりは暮らしが楽になるそうだ」
「暮らしが楽になるなら何でも良いわ。どこにでも行くわよ。でもこの子が私たちより幸せになってくれなきゃ、今まで我慢してきた理由がないもの」
「大丈夫だよ。今まで政府が間違ったことを言ったことはないからな」
「あなたって、単純だからねぇ。でも、だから長生き出来るんだと思うわ。私の父さんだって、母さんだって、三十になる前に死んでしまったけれど、いつも政府の言葉が本当なのか、って言ってたわ。だから早く死んだんだって・・・」
「滅多なこと言うなよ。俺の親父も三十ちょっと過ぎで死んだってお袋が言ってた。俺は親父のことを全然覚えていない。だけど、お袋は死ぬ前に、とにかく政府の発表に疑問を持っちゃいけないって言ってたんだ」
「分かってるわよ。でもこの子が生まれるまでは私が死ぬことはないから、ちょっと言ってみただけ。政府のすることに間違いはないわ。さ、用意が出来たから御飯にしましょ」
食卓には妊娠している茂代のために特別な配給がある。そして、子供が生まれると、授乳期間は母乳の出を良くするための食料が特別配給されるし、離乳期間が過ぎると子供のための離乳食から始まって、子供の成長を正常に促す食料が配給される。そのため、子供が死産するなどあり得ないし、生まれた子供は申し分のない健康状態でそだちそして大人になる。
当然大人になっても人間は全て健康だった。周三達の遠い祖先達が飢えや病気に苦しみ、生まれる前に死ぬ赤ん坊が居たり、生まれてすぐに死んだりしていた時代が有ったことは無論学校では習ったが、周三達が知っている限り病気で死んだ人間が居るとは聞いたことがない。人間の死とは、ある日急に、誰もがまったく予測していないのにその人間が動くのを止め、呼吸も止める状態を言う。そうなって、初めてその人間の寿命が来たのだと周りの人々は知るわけだ。昔のように極端な老衰や病気が全くないのだから、人間にとって死とは突然、しかし前触れ無く確実に訪れるものなので、或意味死に対するおそれはあまり無い。とにかく、死ぬ瞬間まで健康に生きてゆけるのだから。
「へぇ、今日は何かあったのかい。いつもより豪華だな」
「あなた、最近ちょっと力仕事が多いでしょ。疲れが出ているって連絡があったの。だからよ。ビタミン類やタンパク質が一週間くらい余分に与えられるわ。だから、全部食べてよ」
「そうは言っても、急にたくさんは食べられないしな。何回かにわけて食べるよ」
「そうしてね。余ると困るのよ。いちいち返さなければならないし、返すと次にその分余計に来るんだから」
「分かっているよ。それにしても最近なんか味が単調になってきたような気がしないか。君の料理は俺が知るかぎり最高なんだがな」
「料理って言ったって、切ったり炒めたり味付けしたりだし、あまり高温をくわえちゃいけないとか、調理の過程で捨てちゃいけないって言われてるから、しょうがないのよ。近頃同じ材料しか来ないんだもの。料理するったってどうしても同じものが出来ちゃうのよ」
「いや、君に文句を言っているんじゃないんだ」
何かのタンパク質の固まりを刻んで、おそらく植物質の繊維のようなものと一緒に炒め、どろりとした乳白色の液体を絡めた料理が今日の夕食だ。茂代は妊娠後期用の特別職として、赤いゼリー状のものをすくって食べている。周三も前に一口食べたことがあるが、甘ったるくて決してうまい物ではなかった。
「君の予定日は一週間後だったよな。手続きは大丈夫だよな」
「大丈夫よ。五ヶ月と言えば臨月だし、大体は予定通りに生まれるし、政府から何人も来てくれるから心配はないわ。一人目だから育児にも大勢来てくれるし。私の割り当ては三人の出産だから、あと三年くらいかかるわ。二年に一人のペース。体に負担がかからない用にそう決められて居るんですって。三人も生めるのは私とあなたの組み合わせから政府がそう決めたからよ。良かったわ、あなたと一緒になれて」
十六才の時に十七才の周三と出会い、恋愛を経て結婚したのは一昨年。二人の心身共に相性が良いことが確認されて、出産プランが政府から渡され、周三は政府の斡旋で食料プラントで働き始めた。各家庭から回収される排泄物や時折運ばれてくるペットの死体などを再加工して食料にするのだ。また、一日おきくらいに運び込まれてくる材料は、なんでも死んだ人間だとの噂もあるが、どのみち死んだ人間はすぐに政府が回収しどこかに持って行くのだから、その行く先は食料として再利用されるのだとは公然の秘密だった。政府も別に否定はしない。
なにしろ、この移住船、NUSUMUでは、あらゆるものを再利用しなければ一万人もの人間を代々生存させて目的地まで連れて行くことが出来ないのだ。NUSUMUのメインコンピューターは、同時期に生存させられる人間を一万人とし、平均三十才まで生存させその間に速成教育と出産育児をさせ、壊滅した地球から連れだした人間はいま凡そ五十代目にさしかかっている。出発から千五百年で、節約に節約を重ねてきた物資もそこをつき始めている。おそらく目的地サンド星につく頃は、人間の数は千人になるはずだ。それでも、参土星で新しい文明を築くには十分だ。人間の文明は全てNUSUMUのメインコンピューターに記憶され、五十代に渡って生きてきた人間達が厳しいサンド星に合わせて発達させてきた新しい文明もある。そして、新しい文明の力でサンド星の自然をもっと穏やかで豊かに改良出来るだろう。そうすれば、人間の寿命は本来の凡そ百年、体格も今の身長三十センチではなく百八十センチに戻すことが出来るだろう。全て予定通りに運んでいる。
もし、政府、すなわちNUSUMUのメインコンピューターに感情があるなら、深い満足感を感じていたことだろう。

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投稿者: takaojisan
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