2008/4/25
父を訪ねて 平成20年04月25日
「飯田さん、受付にお客様です」
受付から電話をもらい、飯田周三は誰だろうと思った。庶務課で地味に仕事をしている自分に、客などあるとは思えなかった。一人暮らしのマンションに帰っても近所づきあいはほとんどしていないし、友人も殆ど居ないから周三を訪ねてくる者など居ない。たまに、田舎から様子を見に来る両親くらいのものだ。
「どなたですか?」
聞き返した飯田に帰ってきて返事は信じがたいものだった。
「お嬢さんです」
「お、お嬢さん?僕は独身ですよ。子供など居ませんよ」
「とにかく、いらしてください。ご本人は、お父さんに会いに来た、自分は佐野茂代だとおっしゃってます。あとはお二人で解決してください」
「解決って、何を・・いや、今行きます」
庶務課長の松木和男がいつの間にか側に立っていて、周三に言った。
「どうも事情があるようだな。とにかくきちんと責任を取りなさい。俺も相談に乗るよ」
言葉とは裏腹に興味津々の顔をしている。見回すと、いつの間にか課員が周三を見つめている。普段目立たない周三が注目を浴びた滅多にない出来事だった。
とにかくロビーまで駆け下り、周三は受付にダッシュした。
「どこに居るんですか、その客は」
「あ、お嬢さんなら向こうの面談スペースにお通ししておきました」
「だから、娘じゃない。僕には娘は居ないし、第一結婚もしていない」
「でもすごくよく似た、かわいいお嬢さんですよ。本当に逢いたがっているようでした」
よく似た、かわいいと言う部分に妙にアクセントを置いて受付の中根真美は言った。ここで、真美と言い争いをしても仕方がない。
「とにかく逢ってみよう。何を勘違いしてるんだか。どんな子ですか。なにしろ逢ったことがないから誰だその子か分からない」
「お子さんは一人ですからすぐ分かりますよ。それに飯田さんにすごくよく似たかわいい女の子です」
またよく似たかわいい、に力を入れて中根真美は言った。明らかに嫌みだ。生っちろく胴長短足のデブで、みっともない童顔に太い黒ブチのメガネの自分によく似た女の子なら、かわいいというのは間違っている。そんなことをちらりと考え、そんなことはとにかく本人に勘違いを悟らせなければならないと周三は面談スペースに急いだ。
飯田が行ってみると、面談スペースの隅に置いてあるコーヒーの自販機の前のテーブルに一人の十二,三才の女の子が座っていて、缶コーヒーを飲んでいるのが目に入った。たしかに、業者がほとんどのこのスペースには子供は一人だけだからすぐに分かったが、それより中根真美がよく似たかわいい、ことさら行った意味が分かった。かわいいはともかく、生っちろく胴長短足のデブで、みっともない童顔に太い黒ブチのメガネの周三に、その子佐野茂代はよく似ていた。太くはないが黒縁眼鏡までそっくりだ。
「君か、僕を訪ねてきたのは」
「あ、お父さん。こんにちは。茂代です」
「まて、君は何か勘違いをしている。僕は飯田周三だ。君の父親ではない。僕は一度も結婚したことがないし、子供を持ったこともない」
「それはお父さんがそう思っているだけです。子供は結婚しなくても出来ます」
「それはそうだが・・いや、僕にはそんなことをした覚えがない」
「ええ、お父さんが女性に全く縁がない人だとは受付の人に聞きました。彼女居ない歴三十八年だって・・」
「あいつ・・余計なことを。とにかく、それで君も分かったろう、俺は君の父親じゃない」
「お父さん、大学にいたときアルバイトしたでしょう」
「そりゃ、誰でもするよ。それがどうした」
「大学の医学部に精子を売ったことがあるはずです」
「う・・・ある。あのときは金が無くて。でも実際に使ったはずがないんだ。これで人間を受精させる実験はしないからって約束で金をもらった」
「ええ、だから、あの精子は人間以外の動物の卵子を受精させるために使われたんです。私の父、松田朗がそう言ってました。遺伝子を変化させて、異なった種族間の動物でも受精卵を造る実験で、それが成功したんだそうです」
「松田朗?そうだ、俺に精子を提供しろといったのは、医学部研究室の松田朗助手だった」
野心に燃えていた松田朗の事は覚えている。何か新しい研究に使いたいので是非精子を提供してくれと言われたのだ。その時は金がなかったので、細かいことは考えずに精子を提供した。そして忘れていた。
だが、それでも佐野茂代が何を言っているのか周三は理解出来なかった。理解しようと一生懸命考えている周三の前で、茂代は足下に置いてあったキャリーを持ち上げ、テーブルに乗せた。中には大きな猫が入っている。
「さ、陽介、あなたのお父さんよ」
そう言いながら、茂代はキャリーの中から猫を出し、テーブルに載せた。
「ね、よく似てるでしょ。大学から連れてきてうちで飼っている猫の竹下陽介よ。どうしてもお父さんに会わせたかったの」
生っちろく胴長短足のデブで、みっともない童顔に太い黒ブチ模様が目の回りについた猫、竹下陽介が、周三の顔を見上げ、ニャァーと鳴いた。

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投稿者: takaojisan
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