2008/4/28
最新版 平成20年04月28日
そろそろ目印の鳥居が見えるはずだが、と思いながら飯田周三は慎重に車を走らせていた。幹線道路からこの県道に入ってきてかれこれ二時間ほど走っている。まだ午後三時ちょっと過ぎで日が暮れるまでにはまだ三時間ほど有るはずなのだが、ほとんど車が通らない。日本にもまだまだこんな所があるのかと改めて周三は思ったが、だから道を尋ねるにも人は居ないし、人家もたまに見えても道路から離れた田圃のむこうに見えるくらいだ。
その田圃もなだらかな山のすそ野に張り付いたような形で広がっていて、道路の反対側は広い草原になっている。畑にでもすれば良いのにどうしてこんなに広大な土地が無駄に広がっているのか、周三は不思議だった。
周三の会社が新しく工場を建てる土地を探していて、いくつかの候補地が挙げられたその一つが、これから周三が行こうとしている濡素六郡字斧露戸なのだが、とにかく周三が見てくることになったのだ。地名を聞いても、会社の誰も知らない場所だったし、終戦をする不動産会社もただ名前を知っているだけで、どんな場所か知らないらしかったので、手っ取り早く現地を見てきて、写真でも撮ってくるように言われたのだ。
むろん、事前に地図で調べたのだが非常におおざっぱに山と道路と田圃しか書いていない。どこが目的の場所なのかはっきり分からなかった。こうなればとにかく行ってみるしかないと、昨日会社を車で出てきて、今朝ホテルを出発したのだ。ホテルで聞いてみたが、確か名前は聞いたことがあるがどんな場所か、どこにあるのかホテルの誰も知らなかった。小さいホテルだから、誰も、と言っても従業員は五人くらいしか居ない。
手がかりは、とにかく幹線道路から濡素六郡入り口への道路に入り、そしてまっすぐ道なりに走って、右手の道路沿いに鳥居があるらしいのでそこを曲がれば突き当たり野山の裾一体が、濡素六郡字斧露戸らしいと不動産会社が行っていたのが唯一の手がかりだった。なにしろ、あてにしていたカーナビが幹線道路から入ってきて暫くして全く反応しなくなってしまったのだ。こんな時にカーナビが故障するとは思っても居なかったが、とにかく一本道の鳥居さえ見つければそれで良いのだからと飯田はこの道を来た。
しかし、いくら何でも朝から半日走り続けて目標の鳥居が見つからないのでは、幹線道路から入ってくる道を間違えたとしか考えられない。一度戻った方がよいか、と考えたとき、エンジンがおかしな音を立て始めた。はっとして気がつくと、ガソリンがほとんどなくなっている。考えてみれば昨日会社を出るとき近くのスタンドで満タンにしただけだから、そろそろガス欠になってもおかしくはない。しかし、こんなところでガス欠になったらお手上げだ。我ながらうかつだったと飯田は悔やんだ。なにしろ、幹線道路から入ってきて一軒もガソリンスタンドを見かけなかったのだから、これから引き返しても予備タンクが仮にあっても間に合わない。
周三はあわてて会社に電話をした。指示を仰ぐつもりだったのだが、電話が全くかからない。圏外になっていた。とりあえず車から出て周りを見回したが、もちろん車の一台も人の一人も見えない。ただ、ずうっと遠くの田圃の向こうに家らしいものが見えるだけだ。こうなっては仕方がない。飯田は車を道路脇に寄せ、その家を目指して田圃のあぜ道づたいに歩き始めた。今はとにかく、電話を借りてジャフにガソリンを届けてもらい、同時に会社に報告するしかない。
歩きながら急に感じた空腹とのどの渇きを紛らわせようと、飯田は会社にどう言い訳をしようと考えていた。まさか、日本にこんな場所があるとは想像もしていなかったが、都会育ちの自分が地方の過疎化を認識出来なかったのは仕方がないと言うしかない。それは会社も認めてくれるだろう。携帯電話が圏外になるのはビルや地下ならともかく、地方でそのような場所があることも実際に経験してみなければ実感は出来ない。とにかく、会社でも不動産屋も具体的にどんな場所か知らないのに自分を送り出したのだから、自分一人の不注意ではないはずだ。とにかく、会社の指示を仰ぎ、ジャフの到着を待って、ついでにジャフの係員におにぎりとお茶でも買ってきてもらって、それから一度ホテルに帰り、きちんと場所を調べて出直す、それしかないと飯田は結論した。
気がつくと、歩き始めてから三十分は経つのに、目標の家がほとんど近づいてこない。そんなはずはない。開けた田圃があるだけだから、常にその家の方角に歩いてきたはずだ。確かに曲がりくねったあぜ道づたいだから遠回りになるかも知れないが、三十分も歩いて目に見えている目的地に近づかないなどどう考えてもおかしい。振り返ってみると、置いてきた車もどこにあるのか分からない。車が見えなくなるほど歩いてきたのにどう考えてもおかしい。飯田は途方に暮れて立ち止まった。
「飯田君と連絡が取れなくなって、もう一週間も経つのに、警察はなんともいってこないのかね」
濡素六興産総務部部長松木和男は、課長の竹下陽介に訊いた。携帯に電話をしてみても、電波の届かないところにいるか電源が切れているとのメッセージしかかってこないのだ。
「ええ、さっきも問い合わせましたが見つからないようです。でも、飯田君も地名が間違っていたら気がついて問い合わせてくるだろうと考えていたのがどうも甘かったようです」
「でも飯田君の車には最新版のカーナビが付けてあるんだろう。斧露戸郡という土地が実際には存在しないという間違いが分かっている以上、カーナビを見れば飯田君も気がつくはずだろうがな」
「ええ、でもメーカーに問い合わせたら最新型人工知能付きのカーナビで、目的地に着くまで車を誘導する様に車と連携させる新しい機能が付いているとのことでした」
「そんな便利な機能が付いているカーナビを初めて使わせてやったのに、飯田君、どうしたんだろう」
そのころ、飯田は存在しない空間を当てもなくさまよっていた。

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投稿者: takaojisan
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