2007/4/23
最後の日々 H19年04月23日
飯田周三は働き盛りで、しかも子供の頃から秀才とうたわれていた能力を遺憾なく発揮し、国内有数の大会社、濡素六商事でも異例の出世を重ねていた。なにしろ、四十代でもう一事業部の部長になっていたのだから、おそらく人生の成功者と言って間違いはないだろう。
むろん、それに見合う努力もしたし、かなり無理もした。妻の佐野茂代とは見合い結婚だが、家柄も良いし、そして気だても良く美人で、人からもうらやましがられる伴侶だ。濡素六商事の部長ともなれば収入は十分だが、今はまだ自分への投資を優先しているので財産と呼べる物はない。せいぜい普通の家と、いくつかの株など、少々の預金などがあるだけだ。子供たちはこれからますます金がかかるが、それについての心配はいっさい無い。なにしろ、天下の濡素六商事の部長なのだ。
その周三が体の変調を感じたのはつい最近のことだ。最初、接待酒を飲みながら悪酔いをするようになったと思い始めた。連日連夜つきあい酒を続けていたのだから少々控えなければならないと思った。
気がつくと少し脂っこいものを食べると胃にもたれ、あまり食欲が無くなっていた。肥満と言うほどでもないが、若い頃に比べ少し太ってきたかなと思っていたので、これを機会に少しあっさりしたものを食べるようにしようと思った。
そのうち、ベルトが緩くなり、食事を変えたことで体重が落ちたのかと喜んでいたが、上着がゆるゆるになり、結局背広を買い換えなければならなくなった。少し体重を落としすぎたかと、食べる量を増やそうとしたが、食欲が無くなっていた。それに少し疲労がたまっているようだ。なにしろ、忙しすぎたのだ。仕事を少し抑えなくてはならないか、と思っていた矢先、会社で、最近ずいぶん痩せたし、だるそうだけれど大丈夫か、と言われた。
茂代に聞いてみたら、さぁ、と言うだけだった。毎日見ているのでそれほど変化には気がつかないと言うのだ。おっとりしているとは思っていたが、亭主が会社で痩せたと言われているのにそれにきがつかないのは、むしろ亭主に関心を払っていなかったと言うことなのか、と初めて周三は腹が立った。
一度医者に行かなければならないかと思っていたが、とにかく仕事は切れ目がないし、何となくぐずぐずしているある日、倒れた。救急車で会社から病院に運ばれ、肝臓癌だった。言われて初めて気がついたのだが、肋骨が浮き出ていて、顔色も酷く悪い。
癌はすでに肺、胃、膵臓、腹膜などに転移していて手の施しようが無く、余命は二ヶ月だと言われた。
周三は後の二ヶ月、ただし、体が動かせるのはせいぜい一ヶ月をどう過ごすか考えた。もっと早く医者に行けば良かったなどをくよくよ考えても仕方がない。もう結果は出てしまったのだ。
病院で多少でも生きながらえる手段を執るか、家で家族とともに過ごすべきかも考えた。しかし、その両方ともやめた。病院で毎日点滴を打っても結局は二ヶ月の余命がせいぜい三ヶ月か四ヶ月になるだけだし、いわば苦痛がのびるだけで、生き延びる希望は持てないのだ。
検査結果を茂代に話すと、茂代はそれまでにろくな蓄えをしていなかったことをなじり、これから子供に金がかかるのだと愚痴った。そして、予想もしなかったことだが、二人の子供たちに、父親が癌ですぐ死ぬと教えた。子供たちは普段からあまり家にいない父が死んでもそれほど寂しくないと言った。
周三は会社に事情を説明して退職し、退職金を手にした。生命保険を解約し、家を売り、自分名義の預金をすべて下ろし、茂代が気づかないうちに、処分できる財産をすべて処分して、一億何千万かの現金を手にしてから、日本を出た。仕事で何度も海外に出ているし、英語はお手の物だ。とにかく、生きている間に自分の過去からすべて自分を切り離す決心をしたのだ。
それまでの手続きを大急ぎでやったが、二週間かかった。精神的に緊張していたためか、体調はそれほど衰えなかった。
某国に落ち着いてから偽の身分証明書を金で買い、そして偽の身分を手に入れて、飯田周三の名前を捨て、中国人のツオンムー・ホーナン、松木和男と名乗り、最高級のマンションで生活を始めた。なにしろ、金は十分にあるし、そしてそれを使える時間は無いのだ。
ツオンムーこと飯田周三はそうやって毎日毎日美食の限りを尽くし美女を毎夜取り替え、、時間の経つのも極力無視して暮らした。そうでもしなければとても耐えられなかったのだ。
そして、それまでにはさしもの金もすっかり使い果たし、ぼろホテルに移らざるを得なくなった周三は自分がもう日本を出てから半年も生きており、しかも体重もすっかり元に戻り、顔色も良くなっていることを知った。どうせ死ぬのだからとばくちに手を出し、大変な借金を作りやくざに命をねらわれているのだ。癌で死ぬのだからそんなことは問題ではなかったはずなのに、これでは癌どころか、GUNで死ぬなどと考えても笑えない。おそらくすぐに見つかり、なぶり殺されるだろう。
そのころ、茂代は必死に周三を捜していたが、それどころではなくなっていた。知らない間に家は人の物になり追い立てを食っているし、退職金も預金もすっかり無くなっていたからだ。医師から連絡があり、他の人間のカルテ内容を周三に説明してしまったが、周三はただの胃潰瘍で、二,三日寝ていれば治ると聞いたのだが、それを周三に伝えることも出来ない。
投稿者: takaojisan
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投稿者:kabucome
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