2007/11/24
種の起源三十六 平成19年11月24日
それから男の人たちはその廃工場から一歩も出ないで新しく組み立てたタックの残骸と取り組んでいた。ホテルを抜け出すとき、ヨスケイと松田さんがマザーボードと言っていた大きな基盤といくつものハードディスク、それから新しく買ってきた大型のパソコンを組み合わせ、とにかく、タックの残骸をよみがえらせることが出来たのだ。元々の仕様からは大幅に省略されているので、モニター上にタックの映像が現れることも、声が聞こえることもない。それでも、タックの片鱗がそのマシンの中にいるのだと、周三さんは言っていた。本来はずいぶんたくさんの電気が必要だったはずだが、省略型にしたおかげで、最初に用意した発電機だけで十分に動くのだ。
つきっきりとは言っても、事実上は周三さんが一人で殆ど寝ないでガン細胞ソフトのプログラミングに没頭し、ヨスケイと松田さんは朝霞のデータバンクの破壊の方法を考え、わたしは絶えず追っ手に見つからないか、警察の手が回ってきていないかなどに気を配りながら買い出しや食事の用意などをしていた。外に出ない男の人達は埃まみれの無精髭だらけで、顔を洗うことも出来ず近寄ると全員がかなり臭くなっていた。わたしは外に出るために、それなりに身なりには気をつけなければならず、夜になってから車で松田さんに教えてもらった飯田まで行って水浴びをしていた。わたし以外はもちろん着た切り雀で、ここを出るときのための服だけは用意してある。
わたしは、周三さんが目の下に隈を作りげっそりと痩せ、そして無精髭だらけで雲脂を掻き落としながら血走らせた目をモニターに向け、何百枚とも知れない紙と、ヨスケイの持っていたノートパソコンを使い、プログラミングに取り組んでいるのを、気を揉みながら見守っていた。周三さんは体力と精神力の極限までそそぎ込みながら没頭している。周三さんがもし倒れてしまってソフトが完成しなかったら、大げさな表現ではなく人類に未来は無いのだ。
常時付けっぱなしにしてある小型テレビによれば,すでにインドの人口密集地にある化学工場が大爆発を起こして数万人が死んだり、アフリカで突発した内戦で十万人以上が死んだりしている。アメリカでは中絶に反対するカトリック系の団体が推進派に襲撃されて何百人もが殺されている。タックのやっていることが日に日にエスカレートしているのだ。
周三さんの邪魔をしない様にしながら、ほかの二人の人達は、どうやって朝霞にある本体を破壊するかを考えていた。ただ、翻訳機に使っていたノートパソコンを周三さんが使っているのでヨスケイとの会話は手真似足真似を交えてするので、どうしても非能率的だったが、ヨスケイのハードウェアの知識は絶対に必要だったのだ。
結局、わたしが知識面での貢献が出来なく、もっぱら他の三人の食事やそのほかの世話をする事が主になったがそれも仕方がないと思っていた。
だが一つだけわたしが望みを持ち出したのは、周三さんの憔悴しきった顔のそれでも目だけが全く精気を失わず、それも二日三日と経つ内に心なしか明るさがその表情に加わって来たような気がしたからだ。
六日目、他の二人が隣の部屋で作戦を練っている間に周三さんはほんの少し床の上のマットレスに横たわっていた。が、目をつぶったまま何かぶつぶつ言っている。わたしはその傍らに腰掛けてじっと見守っていたが、やがて周三さんが目を開けて独り言のように呟いた。
「何とかなる。絶対にうまく行く。さ、あと一息だ」
マットレスから起きあがって周三さんはまたマシンの前に座った。が、思い直したようにわたしの方を向いた。
「多分ね、うまく行く。今日中にソフトは完成するよ。絶対にうまく行く」
半ば独り言のように、それでも目をきらきらさせながら周三さんはわたしに語りかけた。そして、ペットボトルの水を手のひらに受け、顔を洗ってから、マシンの前に座った。
邪魔をしたくなかったのでわたしはヨスケイ達の居る部屋へいった。二人は作業机の上に図面を何枚も拡げ相変わらず作戦を練っている。こちらも、入ってきたわたしには目もくれない。
「コーヒーでも入れましょうか」
「あ、佐野さん、ありがとう。お願いします。ヨスケイ コーヒー ドリンクドリンク」
「グッド シゲヨ クロイノコーヒーネ」
もう一月近く日本にいる筈なのに、ヨスケイは殆ど日本語を覚えていない。翻訳機を使っていたのと、タックのことで頭が一杯だからだろう。
コーヒーを持って行きながらわたしが台の上の図面を見ると、手書きの中に電源と書いた文字がある。二人が電卓をたたきメモを取りながらコーヒーをすすっている間にわたしはその図面を見たが、無論分からない。だが、電源と書いた文字くらいは分かる。
「これは電源を切っても駄目なんですよね」
「そうですねぇ。非常に強力なバックアップ電源が着いてましてね、仮に二、三日停電になってもそのバックアップ電源で動いてますから、その間にタックが何をやるか考えると、電源を切ってもタックを止めるのは不可能だとの結論なんです。第一、動力線は何カ所からも入っているので、同時に全部を止めることは無理です」
「本体は外から壊すことはどうしても不可能なんですか」
「とても出来ません。地下深く、コンクリートと鉄の一メートル以上ある壁の中ですから、何トンもダイナマイトを使えばともかく、そんなことをすればその振動でタックが気付きます」
「雷なんかが電線に落ちたら焼けないんでしょうか」
「避雷装置が着いてますし、雷が近づくと空中の電圧が高くなるんで、それを感ずるとタックは電源を切るんです。そうやって保護してます。前触れもなく雷が落ちればどうかは分かりませんが。それに雷を待っているわけにも行きませんよ。大体、普通電線に雷が落ちてもほとんどの場合はそのまま地面に流してしまうようになってますからねぇ」
「そうなんですか。そんなに簡単に壊せるわけは無いんですよねぇ」
「ええ、雷といってもそう都合よく・・・待てよ。ちょっと待って下さいよ・・
ヨスケイ ハイボルト インプット。マシンバックアップ バッテリー,バング,ドカン」
そんなことを言いながら松田さんは図面の上に何かを書き足し、ヨスケイにしきりに単語を並べただけで話しかけた。ヨスケイは図面を見ていたが、やがてはっとしたように顔を上げ、大きく頷き、松田さんの背中をどんと叩いた。
「Great! You have done it, Tetsuo. グッドグッド、シゲヨ」
明らかに興奮したヨスケイが何かを図面の上に書き加える。
やがて、松田さんも興奮したように顔を上げた。
「佐野さん、やりましたよ。これなら絶対にうまく行く。私たちはなまじっか機械が分かるから電源をいじるのは駄目だと決めていたけれど、これなら瞬間的にタックをやっつけられる」
投稿者: takaojisan
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